05-1.女公爵はお疲れである
公爵として求められる結果ではなかっただろう。
恨んでいた。憎んでいた。死んでも構わないと、酷い目に遭わせてやろうと思っていたことだってある。前世からの憎しみは消えることもなく、私の心の中に焼き付いている。
クリーマ町で引き起こされた事件の犯人がエイダだと知った時、復讐の時が来たのだと思ってしまった。前世での復讐を、今世での復讐を果たす時が来たのだと思ってしまった。騎士団の到着を待たず、迷いの森を強行突破したのは私情だろうと指摘されても否定はできないだろう。
死んでしまえばいいと思っていた。
この手で復讐を果たしてやると思っていた。
「……はぁ」
それでも、友として過ごした日々がなくなるわけではない。
学院での日々が消えてしまうわけではない。くだらないことだと言いながらも、エイダの我が儘に付き合った日々は夢ではなかった。
数か月前までは友だった。私が前世の記憶を取り戻すまでは友だった。
そのことを忘れてしまったかのような振る舞いをしていた。可愛い異母妹を追い詰めた相手だからと一方的に関係を絶った。一度だってまともな会話が成り立ったことはなかった。それでも、私はエイダの友として過ごしたことがある。
「どうしたものか……」
クリーマ町を半壊に追い込んだ事件を解決させたのはよかった。騎士団には氷漬けにした魔物の状況を説明し、眠らせたエイダを重要人物として丁重に扱うように言付けはした。なにが起こるかわからないという意味を込めて忠告したようなものだ。
かつて友だった人に対する情がないわけではない。
エイダの死を望んでいることは事実だ。人形のように表情が抜け落ち、両目からは涙を零していた彼女を救いたいと思ったことも事実だ。矛盾している感情を抑えきれない。
エイダの死を望む言葉を、あの場で発言をするべきではなかったのだろう。
それでも、操り人形のような姿になっている彼女が壊れてしまう前に開放を願ってしまった。それは一方的で自分勝手な押し付けだ。
「はぁ……」
執務室のソファーに身体を預けながらため息を吐く。
セバスチャンたちの反対を振り切って現場に向かったのだ。これは、一人でも多くの領民を救うことができればいいと、反対を押し切って出向いた結果だ。クリーマ町に住む人々の命は救うことができたかもしれない。魔物の襲撃事件を解決させたといえば聞こえがいいかもしれない。結果論では正しい行為だったと認められるかもしれない。
それでも、私がかつての友を見捨てたことには変わりはない。
エイダを犠牲にすることで事件を解決に導いたのだ。それを部下にさせる覚悟はなかった。その罪を部下に押し付けるわけにはいかなかった。
執務室で仕事をしなくてはならないと中途半端な使命感だけで歩いていたものの、ソファーに倒れ込んでしまった後は動けそうにもない。中級程度の魔法とはいえ乱発をしたのが良くなかったのだろう。引き連れていた人々が恐怖に駆られて暴走をする前に終わらせなければいけなかったとはいえ、必要以上の魔力を注ぎ、効力を倍増させたのが倦怠感の原因だろう。魔力過多の傾向があるとはいえ、魔力を消費すれば倦怠感などの心身症状が現れる。この症状だけは薬を飲んでも改善させないから困ったものだ。今回は自らの意思で友を見捨てたことに対する心理的な要因も含まれているのだろう。自業自得としか言いようがない。
これでエイダを中心とした不気味な関係性は壊れた。
不安定なままで繋がっているだけの関係性は壊れたことだろう。
彼女が、本当に力を失ったのか疑わしい箇所も残っている。しかし、彼女の言葉を信じるのならば、彼女の知っている未来は消えたのだろう。今後も戦争や飢饉などの危機は訪れるだろうが、エイダを中心として世界がおかしくなることは避けられると信じよう。
そうなれば、皇国が歩む未来は、皇帝陛下がお選びになられた未来となる。
前世のようにエイダが干渉しなければ、敗戦が分かり切っている戦争に踏み切るような愚かな真似はされないだろう。そう信じるしかない。
三時間ほどクリーマ町に滞在をしていたとはいえ、ようやく、太陽が傾き始めた頃だ。流石に十八時から寝るわけにはいかない。やらなくてはいけない仕事は机の上に山になっている。
「あぁー……」
言葉にならない声をあげてみる。この倦怠感が抜けきらないのは、様々なことを考えてしまうからだろう。疲れているのにもかかわらず疲れるようなことをばかりをするからいけないのだ。
しかし、寝室ではなく執務室に足を運んだのだから、私は過労でおかしくなったのではないだろうか。公爵の仕事はこれ程に過酷だっただろうか? 様々な事業の立ち上げや事業展開は上手く進んでいる。農地改革はまだまだ手を付けなければならない課題が山になっているものの、それ以外の事業は成功しているといっても問題はないだろう。事業を開始してから二か月しか経っていないというのに、利益は膨大な額になっている。それは良いのだが、結局、事業が増えれば仕事も増える。しばらくは書類を見たくない。手を出した事業を考えれば公爵よりも商人の方が向いていたのではないかと思ってしまうくらいだ。冒険者や商人ならば頭を抱えるようなことはなかっただろうか。否、それはそれで先の見えない未来に怯えるのだろうか。
「イザベラ様。淑女として相応しくない言動はお控えください。私しかいないとはいえ、無防備に横になるのは警戒心が足らないのではないのでしょうか」
セバスチャンがなにか言っている気がする。
仕事をしろと言わないだけいい。言っているかもしれないが、私の頭の中には入らない。聞こえない。聞かない。魔力の使い過ぎで身体が重くて仕方がないのだから、たまには大目に見るべきだ。仕事のやり過ぎは私だけではなくセバスチャンにも言えることだ。少しは休暇を取ればいいのに。休暇を取るように何度も言っても聞きはしない。生真面目すぎて過労で倒れても公爵家は一切の責任を問わない。私の指示に従わないセバスチャンが悪いのだから知らない。
「……アリアが足りない」
あぁ、仕事ばかりでアリアに会っていない。
アリア。私の可愛いアリア。お前に会えない時間は苦痛でしかないよ。
日課となっている中庭でのお茶会の時と、夕食時しか話をしていない。折角、アリアと二人で仲良く暮らせる環境を整えたのにこれでは意味がない。以前と同じくらいに話をしていない。
それでは意味がないのだ。私はアリアと一緒に暮らしたくて頑張っているのに、アリアと一緒にいる時間が少なすぎる。公爵家とアリアの為になると思って様々な事業に手を出しているというのに、これでは本末転倒だ。意味がない。
事業を撤回するわけにはいかないということは、わかっている。
時間が足りない。アリアが足りない。アリアと一緒にいる時間が欲しい。
「セバスチャン」
「はい。いかがなさいましたか、イザベラ様」
「アリアは何をしている?」
「アリアお嬢様専属の執事に確認をいたしましょうか。恐らくは自室かと思われますが」
なんとなくではあるが、文句を言いながらも書類整理をしていたセバスチャンが冷めた目を向けている気がする。十年来の付き合いとはいえ、私に対してもう少し丁寧に扱うべきだ。態度を変えられてもそれはそれで怒るのだが。今は丁寧に扱われたい気分だ。
「私もアリア専属が良い。アリアと一緒にいるだけの生活がしたい。これでは父上たちを追い出したのに意味がない。私はアリアと一緒に暮らしたいのに、アリアと一緒にいる時間が少ないと思わないか」
「バカな事を言わないでください。魔力を使い過ぎて頭がおかしくなりましたか? お嬢様と一緒に生活をされているでしょう。一緒にいる時間が少なくなったのは、イザベラ様が様々な事業に手を出すからですよ」
「公爵を継いだらやると決めていたんだから仕方がないだろう。それに現時点では成功しつつあるのだから良いだろう。それより、アリアと一緒にいたい。今はそういう気分なんだから理解しろ」
「無理を言わないでください、イザベラ様」
大きく寝返りを打ちたい気分だが、そうすればソファーから落ちる。仕方が無いから小さく向きを変える。アリアが選んでくれたお気に入りのクッションに顔を埋めれば、そのまま眠れそうな気がする。
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