04-6.彼女は世界の真実を語る
「あは、ははは、優しいのね、イザベラ。あなたは優しいのね。知っていたわ。知らなかったわ。ううん、違うの。私はこんなことを望んでいたわけじゃないの」
壊れる音が聞こえた。
【結界(バリア)】の先で何かが揺れた。それは騎士団によるものか、それともエイダの共犯者の出現によるものなのかわからない。時間を考えれば騎士団の可能性が高いだろう。
しかし、それが合図だったかのようにエイダの表情が抜け落ちた。
まるでこの時を待っていたかのように甲高い笑い声をあげた。やはり、共犯者はいるのだろう。そして【結界】に触れることもなく、エイダの様子を見ていたのだろう。
「あなたは、優しい人よ。イザベラ。だから、私のことも切り捨てることができないの。弱い人。恨めばいいのに。それすらも出来ない優しすぎる人」
壊れた人形のようだった。
かつての私がそうだったように操られているだけの人形のようだった。
「だから、お前は、犯してはならないことをした」
それはエイダの声だった。しかし、エイダの言葉ではない。
第三者の言葉だった。やはりエイダの後ろにはまだ何者かが潜んでいる。エイダの共犯者と呼ぶべきだろうか。それともエイダを操っている術者と呼ぶべきだろうか。どちらにしても姿を見せない卑しい奴が潜んでいる。
「ねえ、イザベラ。私、あなたに言わなければいけないことがあるの」
この状態でなにを言っているんだ、こいつは。
気力だけで魔法を押し返しているのだろうか。表情が抜け落ちているのにもかかわらずエイダに戻っているような気がしてくるのは、気のせいだろうか。
「大切なことよ。私、本当は告白をするつもりはなかったの。でも、誰かに邪魔をされるくらいなら、幸せなうちに、言ってしまいたいの」
一瞬だけ見えた第三者ではない。
エイダに戻った。相変わらず思考回路は壊れているものの、第三者の介入を拒んでいるかのようにも見えた。
常識というものがないのだろうか。否、常識を持ち合わせていたのならば、このような真似をするはずがない。頭のねじが外れてしまっているのかもしれない。人形のような表情のままのエイダの眼からは涙が零れ落ちる。その不気味な様子を見ていたルーシーが私を庇うように前に出た。これ以上は近づかせるわけにはいかないとエイダに訴えるように剣を向けるルーシーにすら、エイダは視線を向けない。殺気を向けられても、眼中にはないのだろうか。
「イザベラが大好きなの。私のことを、どうしたら、好きになってくれるの?」
それは、アリアの死を要求する手紙を送り続けられた時よりも、魔物に囲まれていた時よりも恐ろしいものだった。
私の事が大好き? ――私の大切な異母妹の命を奪って笑うような女が何を言っている。前世だけで飽き足らず、今世までもアリアの命を差し出せと要求し続ける頭の壊れた女が私の事が好き? 冗談だとしても吐き気がする。その上、私がエイダを好きになるだと? ありえない。そのようなことはありえない。
それを求めているのならば、何故、アリアの幸せを壊した。何故、私からアリアを奪おうとする。理解できない。したくもない。
「……お前の思考回路は壊れているようだな」
妄想を語っていた時のような目の輝きは失せてしまっている。共犯者によるものだろう。これ以上の情報を吐かれる前にエイダの思考回路を破壊してしまったのかもしれない。そうだとするのならば、前世や異世界のことを話し始めた時に干渉しなかったのは何故だろうか。
妄想を語っている時は、正気のように思えた。発言は普通ではなかったが、それを含めても正常だった。元々、暴走をすると理解ができない言葉を口にしていたことがある。あの妄想もその範囲だろう。
「エイダを通して見ているのだろう。卑しい術者が」
私の言葉に対して、エイダは壊れてしまった人形のように笑うだけだった。表情が抜け落ちた不気味な少女に対して剣を向け続けるルーシーを止めることもせず、エイダを通じて見ているのだろう犯人に声をかけても、返答はない。
一体、エイダを利用しているのだろう犯人の目的は何だろうか。
「開放しろ。壊れた人間を操る利益はないだろう」
私の言葉には反応があった。
これでもかというほどに溢れている涙を拭うこともしなかったエイダだったが、人形のように瞬きをしなかった眼が見開かれた。それはエイダの抵抗のようにも見えた。思考回路は壊れてしまったかのようにも見えるが、まだ、エイダは完全には操られていないのだろう。
まだ救い出せるかもしれない。
おかしなことばかりを口走っても、エイダは抵抗を諦めていない。それならば、それに応えるべきだろう。
「あはは、だめよ。もう、手遅れだわ」
【電気衝撃】の影響により地面から離れることができないはずの身体が立ち上がった。素早くルーシーの剣がエイダの首元に当てられる。それでもルーシーのことは眼中にはないのだろう。
抵抗の証とでもいうかのようにエイダの眼からは涙が零れ続ける。
「みて、これ、あなたが壊したのよ」
エイダの身体は今にも崩れ落ちそうになっている。足は震えている。
立てるような状態ではないだろう。それでもエイダの意思を無視するように立たされているのだ。それが苦しいのだろう。エイダの口からは血が零れ始めた。
「私は、あなたを……」
エイダの足から力が抜けたのだろう。そのまま地面に叩き付けられるように倒れる。その際、ルーシーの剣に触れたのだろう。剣には血がついている。斬り付けるつもりはなかったのだろうが、急に身体が傾いたことによって切ってしまったのだろう。
それでも術者はエイダの身体を動かそうとしているのだろう。
痙攣を起こしているかのように手足が震えている。
「もういい。話そうとするな」
利用価値があるのは分かっている。
それでも死を望んではいけないだろうか。
人を巻き込み続けるエイダは死ぬべきだろう。他人を不幸にして笑うような人だ。生きている価値は無い。生きていればまた同じような罪を犯し続けるだろう。なにより、これ以上に苦しませる必要はないだろう。
【電気衝撃】による影響も大きいだろう。
それ以上にエイダを内側から破壊しようする存在がある。
「私はお前の死を望むよ、エイダ」
他人を利用し続けたエイダだからなのかもしれない。
心を操る魔法を行使していたからなのかもしれない。
ここまで必死に抗おうとするエイダを見たのは初めてだった。出来るのならば、見たくはなかった。これがアリアを救う為だけに奔走した結末ならば、私がしたことは間違いだったのだろう。
少なくともエイダにとっては最悪な結末となったことだろう。
操られる苦しみを理解することができただろうか。私たちを操ったことを後悔しただろうか。もしも、少しでも反省の心を持っているのならば、このまま死んでほしい。
これ以上の苦しみを与えられる前に命を落としてしまえばいい。
それを願うのは酷なことだろう。わかっている。皇国の為には生きていなければならない。その身をもって皇国に尽さなくてはならない。それは死よりも恐ろしいことだろう。
「……束の間の眠りにつくといい。【眠れ(スリープ)】」
エイダの頭に触れて強制的に意識を落とす。
属性魔法ではない簡単な魔法だ。魔力を持つ者ならば誰でも覚えることが出来る基礎魔法にすら抗う体力は残っていなかったのだろう。
* * *
――その後、眠ったままのエイダを騎士団に引き渡した。
最後までエイダを庇っていた彼女の両親も共犯と見なされ、連れて行かれたのは仕方ないことだろう。眼が醒めたエイダが何を思うかは知らないが、両親への思いも口にしていたのだ。多少は心に響くものがあるかもしれない。
結局、肝心な事は分からないまま、クリーマ町を襲った魔物襲撃は一段落となった。復興には時間が掛かるものの、暫くは落ち着いた生活が出来るだろう。
エイダを騎士団に引き渡した後も警戒態勢を緩めなかったからだろうか。エイダを操っていたと思われる術者は、最後まで現れず、その情報すらも掴むことができなかった。
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