04-5.彼女は世界の真実を語る

「エイダ。私もお前の悲鳴を聞きたくはない。全てを話してくれないか」


「で、でも、話したら、おかしくなるかもしれないの。だから、だめなの。言えないの。お願い。ごめんなさい。それだけは話せないの」


「何故、そう思う。おかしくなるとはどういうことだ」


「それは……っ」


「言え。言わなければ尋問を行うぞ」


 【電気衝撃】の痛みがまだ残っているのだろう。


 私の言葉にそれだけは嫌だと泣いて訴えた。怯えきっているエイダを見て嫌悪感を抱く。恨みはあるものの、自分の手で苦しめたいわけではない。死ねばいいと思うが、実際に死んでほしいわけではない。


 矛盾する心が良心を咎めるのは仕方がないことだろう。

 知人を拷問したい人間なんていないだろう。


「聞けば、後悔するわよ。私が黙っているのはイザベラが幸せになる為に必要なことなの!! お願い、お願いだから、私を信じてよ!!」


 エイダの目からは涙が零れ落ちた。


 それは痛みから流された涙では無いだろう。何故か分からない。【電気衝撃】をかけられている間、流れ続けていた涙とは違うように思えた。

 それは私の気のせいなのかもしれないが、“信じて”と訴えた言葉は嘘ではないのではないか。そう思ってしまうのだ。


「私の幸せは私が選ぶものだ。お前に決められるようなものではないよ」


 公爵として歩むことも私が選んだのだ。

 アリアを救う為に前世とは違う道を歩む事を選んだのも私だ。


 その結果、前世では幸せそうに笑っていた人たちの人生を台無しにした。大切な友とは道を違えることとなり、友を不幸に陥れたのは私の選んだ道が間違いだからなのかもしれない。私のしてきたことは間違いだったのかもしれない。


 それでも、アリアと一緒に生きていきたい。

 それでも、アリアを失いたくない。


 それは私の我儘だ。その我儘に付き合わせた人たちは不幸かもしれない。


「信じて欲しいと乞うのならば、お前が私を信じろ。話はそれからだろう」


 エイダの目は閉じられた。なにか思うことがあったのだろうか。

 悔しそうに固く目を閉じている。それなのにも関わらず口角は上がっている。口元だけは笑っているように見えるのだ。まるで嬉しさを堪えているかのようにも見える。【電気衝撃】の影響だろうか。狂ってしまったのかもしれない。


「……知ってしまえば、おかしくなるわ。こんなのありえないことだもの。私は、私は、イザベラを苦しめたいわけじゃないの。いつだって、イザベラの幸せを願っているの。それは本当よ。これだけは、作り物なんかじゃないわ」


 その言葉には狂気しか感じられない。


 私の幸せを願う? それはお前が言うべき言葉ではないだろう。執拗にアリアの命を狙い続けたお前だけは言ってはいけない言葉だろう。


「だって、ヒロインがゲームの話を攻略対象にするなんて展開はありえないもの。バッドエンドでしかないわ。でも、イザベラが話せっていうから話すのよ。他の攻略対象だったら意地でも話したりしないわ。でも、イザベラが信じろって言うのだもの。大好きな人にそんな殺し文句言われたら信じちゃうじゃないの。ヤンデレ展開でもそれが推しなら受け入れる覚悟はあるわ。大丈夫よ、イザベラ。あなたが望んだことだもの。私が守ってあげるわ」


 覚悟が決まったかのように目を開けた。

 その眼は以前のように輝いていた。学院で出会った頃と同じだ。


 エイダの言葉には狂気しか感じられない。現実と妄想の区別がつかなくなったとしか思えない内容だった。それなのにもかかわらず、エイダの眼は輝いている。魔物に囲まれていたときに見せた表情が抜け落ちた人形のような顔ではない。私もよく知っているエイダの顔だった。


「信じてもらえないと思うけど、私は異世界から転生をしたの。その異世界、地球にはね、オーデン皇国恋物語っていう名前の乙女ゲームがあったの。私はね、前世ではその乙女ゲームの熱狂的なファンだったのよ。その乙女ゲームを愛した前世の私はね、死んだの。多分、不慮の事故だったんじゃないのかしら。どうして死んじゃったのか、覚えていないわ。もしかしたら自殺かもしれないし、地震大国の日本だったから地震に遭ったのか知れないわ」


 なにを言っているのだろうか。誰がそのような妄想を語れと言っただろうか。


 転生という不可思議な現象は理解することができる。私も似たような経験をしているのだから、信じるなというのは無理だろう。過去を遡れば、異世界からの転生者だと名乗る者もいたはずだ。彼らは偉大な魔法使いや魔女として歴史に名を残すような人物だった。エイダもその一人だと言いたいのだろうか。


「転生した私はね、オーデン皇国恋物語のヒロインになっていたわ。この世界はね、私がヒロインでみんなから愛される乙女ゲームの世界なの。この世界はヒロインが中心となる世界、つまり、私が世界の中心なの。だから、私はゲームのヒロインと同じ魔法を使えたのよ。あのね、イザベラ。私が世界の中心から外れてしまったストーリーは存在しないのよ。そんなの分岐点が多い物語でもありえないわ。主人公が交代するなんてありえない。だから、世界はおかしくなるわ」


「作り話を語れと言った覚えはないが」


「作り話じゃないわ。……まあ、そうよね。こんな話を信じてっていうのが間違いだって分かっているわよ。でもね、私はイザベラだから話したの。大好きなイザベラには嘘を吐きたくないの。それだけは信じてほしいわ。ねえ、お願いよ」


「……良いだろう。なぜ、お前は魔物と意思疎通を交わすことが出来る?」


「知らないわ。気付いたら話せるようになっていたの。気付いたらこの森にいたの。私は、みんなを助けようとしただけなのに。どうしてか、わからないけど、森の中にいたのよ。……そうだわ、ヒロインの力を失ったからじゃないかしら。私はみんなに愛される為に生きているんだし、パパとママを助けたかったし、故郷のみんなにも死んでほしくない。だから、神様が私に力を与えてくれたんだわ」


 答えになっていない。故郷に住まう人々に死んでほしくないというのならば、今回の事件を引き起こさなければ良かった話だ。現実と妄想が混ざっているのだろうか。エイダの語る話には矛盾ばかりだった。


 もう一度、魔法による尋問を行うべきだろうか。だが、時間が無い。今回の魔物襲撃の犯人としてエイダを連行しようとしている騎士団がそろそろ到着するだろう。引き渡さなければ面倒なことになる。


「お前はクリーマ町を滅ぼそうとしたのか?」


「それはありえないわ。ここはね、私の故郷なの。生まれ育った町を滅ぼす人なんていないわよ。パパもママも、おじさん、おばさんも、友達だっているのよ? それなのにどうしてこんなことをするっていうの?」


「犯人に心当たりはないのか」


「犯人? ……魔物が襲ってくるなんて毎年の事じゃないの。私は怪我をした人を助けようとしただけよ。だから魔法薬も持ってきたの。私、治療班にこれを届けようとしたのよ。誰かさんの魔法で魔法瓶が割れちゃったけど。それなのに、どうして、私、森にいるの?」


 迷いの森を潜伏先に選んだのは、エイダだろう。


 なぜ、それを私に聞くのだろうか。魔法薬により人々を助けるつもりだったが、気付けば魔物を引き連れて迷いの森にいたとでもいうのだろうか? そのようなことはありえない。エイダが魔法により操られているのならば、その可能性もあるだろうが、そこまでする理由がないだろう。


「エイダ。お前は他人の心を操る魔法を持っているのだろう」


 他人の心を操る魔法が存在することは知っている。それを行使することができる魔法使いや魔女は少ない。そもそも、その存在は禁忌と呼ばれている魔法だ。


「私の幸せを願うというのならば、その魔法を解除しろ。そうすれば、少しは心が穏やかになるだろう。お前の情緒不安定は魔法の副作用による症状と酷似している」


 エイダに待ち受ける未来を思えば、狂ったままの方が幸せかもしれない。


 痛みを感じる感覚が残っていても、心が壊れてしまえば、必要以上には苦しまなくてもいいかもしれない。それでも最後はエイダとして過ごさせてあげるべきではないだろうか。幸せを願っていると口にしていたエイダの表情には噓はなかった。


 他人のことを思いやれる感情が少しでも残っているのならば、まだ救いがあるかもしれない。


 これは、公爵としてでもない、アリアの異母姉としてでもない。

 魔法学院での懐かしい日々を共有してきたかつての友として慈悲だ。

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