04-4.彼女は世界の真実を語る

「ど、どうして!? この子たちが何をしたというのよ!! 酷い、酷いわ!」


 凍り付いていく魔物たちをまだ庇うのか。生きながら凍り付けにされたのは残酷だと表現されても否定はできない。それでも検体として生きたまま、騎士団に引き渡す為にはこの方法しかないのだから仕方がないだろう。人間に危害を与える可能性もないようにするためには、心身の自由を奪うしかない。


 エイダは魔物を庇うのは、罪だということを知らないのだろうか。


 魔物を庇えば反逆罪に問われる。皇国に害を成そうとしたと判断されるのは誰だって知っていることだ。知らなかったというのならば、それは、無知という名の罪だ。それを言い訳にしても空しいだけだ。


「公爵閣下、許可を」


「分かっている。エイダを捕縛しろ」


 ルーシーは地面を蹴り上げて飛び上がった。

 いつ見ても無駄がない。あの動きを習得する為にはまだまだ鍛錬が足らない。感心しながら見ていればエイダは直ぐに地面に叩き付けられた。魔物を相手にする必要がなくなったからだろうか。ルーシーの動きには迷いも恐怖もなかった。


「【電気衝撃(イレクトリシティ・ショック)】」


「ぎゃああああああああああああっ!!」


 叩き付けられた直後にエイダの身体が跳ねあがる。


 聞いたこともない悲鳴だ。それもそうだろう。ルーシーが得意としている【電気衝撃】は恐ろしい魔法だ。身体中に走る電気の痛みは意識を失う事すら出来ない。失っても直ぐに覚醒させられる痛みだそうだ。


 逃げられる事を阻止する為とはいえ、躊躇なく人に対して使う技ではない。


 そのくらいに非情な姿を見せる必要があったのだから仕方がない。アリアを可愛がっているルーシーのことだから、私情の恨みも晴らしているのだろう。


「……お前が大人しくていればこのような事にはならなかっただろう」


 平民は平民らしく大人しくていれば良かったのだ。

 皇帝陛下の治安を乱すようなことをしなければ良かったのだ。


 二度とアリアに関わらなければ、二度と私に関わろうとしなければ、私はその命を見逃しても良いと思っていた。祖父からは甘いと言われるが、それでも、罪を悔いているのならば見逃しても良いと思っていた。


 それがアリアの願いだったからだ。


 優しすぎるアリアはエイダの命を奪えば、ローレンス様が悲しまれると心配していた。だからこそ、なにも問題がなければ見逃してほしいと言ったのだ。

 心を傷つけられても、他人の心配ばかりをする優しい異母妹の願いだからこそ、見逃していた。


「エイダ。意識は残っているだろう」


 【電気衝撃】の痛みから解放されても一時間は身動きがとる事は出来ない。身体の自由が奪われたかのような恐怖を味わいながらも逃げることが出来ないのが、この魔法の恐ろしいところである。元々拷問専門の魔法として【電気衝撃】の魔法は編み出されたという逸話も残っている。手足は痺れて動けないのにも関わらず首から上は自由に動くことが出来る、意思の疎通が可能であるのは、拷問をする為に威力を調整されているからだと言われている。


 逃げる事も出来ないエイダの身体はルーシーの手で縛られていく。


 未だに状況が分かっていないのだろう。虚ろな目は私に向けられている。まるで助けを乞うかのように見つめてくるのだから、不思議である。恐怖や憎悪の視線を向けられるとばかり思っていたのだが。


「これから幾つか質問をする。再び【電気衝撃】を与えられたくないのならば、素直に答えるといい。私も知らぬ仲ではない人間の悲鳴を聞きたくはないのでね」


「話すわ、何でも話すわ。だから、痛いのはもう嫌よっ」


「……お前には自尊心というものがないのか。まあいい。それでは痛い思いをしたくなければ全てを話せ。嘘を吐けば先ほどよりも痛い目に遭わせる」


 凍り付いた魔物たちは再び動くことはない。魔法を解除しない限りは氷が解けることもない。

 それはエイダを助けるものがこの場に存在しないことを意味している。エイダを駒のように扱い、今回の事件を引き起こした者がいなければの話である。


「お前は人の心を操る魔法を使えるだろう。ローレンス様を意のままに操った【魅了】の魔法は何処で手に入れた。答えろ」


 エイダの操る【魅了】の魔法は強力なものである。

 使われてしまえば容易く逃げられてしまうだろう。アリアの命を奪った悲劇を生み出し、あの温厚な皇帝陛下に戦争を選ばせた魔法だ。


 それなのにも関わらず、何故、エイダは魔法を使おうとしないのか。魔法を行使する為には条件があるのか、それとも既に魔法は他の者の手に奪われたのか。

 他人の習得した魔法を奪う魔法も存在しているという噂を聞いたことがある。エイダと接触した人物により奪われている可能性も否定できない。それならば、また【魅了】の魔法を悪用する人物が現れる危険性もある。


「【魅了(チャーム)】はヒロインの力で、私はゲームのヒロインだから生まれつき愛される為には必要な魔法なの! だから手に入れる方法なんてわからないわ。それに、ローレンス様には、【魅了】を少しかけただけよ。後は私の実力で愛されたの! イザベラだって知っているでしょ!? 私は最初しか使っていないわ!」


「“ゲームのヒロイン”とは何だ?」


「ゲームのヒロインはゲームのヒロインよ!」


「それが何だと聞いている」


 問いかけた質問には返答がある。

 迷う素振りもなく当然のように言葉を返してくる。それは私を騙す為の演技である可能性も捨てきれない。


「だ、だめよ。これ以上、言ったら、世界がおかしくなるかもしれないわ。言えないの。本当よ。だめよ。だめ。イザベラ、これ以上は聞かないで。私は、貴女だけは傷をつけたくないの。お願い。信じてよ」


 助けを待っているのだろうか。それとも何らかの制約を受けているのだろうか。明らかに眼が泳いでいる。動揺が隠しきれていない。


 エイダに指示をしている人物がいるのだろうか。


 彼女を利用してなにかを企んでいるのだろうか。そうだとするのならば、その者はエイダを使い捨ての駒として選んだのだろう。迷いの森を覆うように展開した【結界(バリア)】が破られそうな気配はない。共犯者がいたとしてもエイダを助けるという選択はないのかもしれない。


「そうか。世界がおかしくなるような情報を持っているのか。ルーシー、魔法の準備は出来ているな?」


「はい、公爵閣下。準備は整っております」


「だっ! だめ! それだけは嫌よっ!!」


「では、話すか?」


「話せないけど痛いのはやめてっ! お願いよ、私、痛いのは嫌なのっ!」


 なんでも話すと言っておきながらも、拒否をするとは理解が出来ない。


 それならば最初から情報を持っているような言葉を吐かなければよかったのだ。やはり、何者かに指示をされている可能性も捨てきれない。もう少し揺さぶるべきだろうか。


「やれ」


「【電撃衝撃(イレクトリシティ・ショック)】」


「いぎゃああああああああああああああっ!!」


 一度目の魔法で自由の利かない筈の身体が飛び跳ねる。その強烈な痛みを堪えることが出来ないのだろう。喉が潰れるのではないかと思うほどに大声で泣き叫ぶ。あまりの悲痛な声に耳が痛くなる。


 尋問は得意ではない。拷問染みた真似をするのは苦手だ。


 学院で習わないのは、拷問といっても過言ではない尋問は、公にはしてはいけない事になっているからだ。実際は拷問官と呼ばれている専門職が存在しているのだから、隠す必要も無いだろう。


「次は十分間、魔法による尋問を行う」


 ルーシーに手で合図を出せば、【電撃衝撃】は解除された。

 甲高い音を立てながら呼吸をしているエイダの姿は痛々しいものだ。彼女への憎悪は晴れることが無いとはいえ、見ていても良い気分にはならない。目を背けてしまえるのならば、それが良いだろう。公爵という立場がそれを許さないが。


 拷問官に任せてしまえばいいのかもしれない。


 それでも、ローレンス様たちを意のままに操った魅了の魔法に関する事や今回の件に関わる情報は欲しい。

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