04-3.彼女は世界の真実を語る
* * *
「イザベラ! 私を心配してきてくれたのね!」
エイダの言葉に耳を疑った。仕方がないだろう。
この女が何を言っているのか理解することが出来なかったのだ。言葉として耳に入り、脳に伝わっても理解することが出来ない。
何故、私がお前の心配をしなくてはならないのだろう。
何故、お前は嬉しそうに笑っているのだ。それなのに、何故、彼女の眼は不安そうなのだろうか。今にも泣き出そうな眼をしているのだろうか。
その姿は最後に見た時からなにも変わらない。ローレンス様の隣にいることが当然だと言いたげな表情となにも変わらない。それが恐ろしく感じた。
なにも変わっていない。それなのにまるで別人のようだった。
「そっか、みんな、私が連れて行かれると思ってびっくりしたのね? もう、そうならそうって言ってくれたらいいのに! 大丈夫よ? みんなの事を見捨てたりしないわ」
「ぎゃうっ」
「うん、分かっているわ。大丈夫よ。イザベラは怖い人じゃないのよ? 私のことが心配だっただけなの。だから、みんな、威嚇なんてしちゃダメよ」
「ぎゃうぎゃう」
「良い子、良い子! みんな、ありがとう!」
深い森の中。魔物たちを避けるかのように広がった謎の空間。そのような場所が何カ所か存在するからこそ、迷い込んだ者は帰ってくることが出来ない森として恐れられてきた森だ。その不気味な雰囲気とエイダは似合っている。魔物と一緒にいるのが当然のような気がしてきた。彼女は魔物が突然変異を引き起こした姿だと言われても納得がいく。人の心が分からない悪しき魔女よりも彼女に相応しい称号だろう。
「ねえ、イザベラ。素敵でしょう? みんなね、私の言うことを聞いてくれるのよ。優しい子たちなの! だから、貴女が心配することはなにもないのよ」
信じられない光景が目の前に広がっている。
意思疎通が不可能である魔物がエイダの命令に応えたのだ。先程まで威嚇をしてきたのが嘘のようだ。飼い慣らされている犬のように大人しく座っている。それを嬉しそうにしているあの女は化け物だろうか。
「この子たちは私の味方なの。この子たちが私をここに連れて来たのよ。だから、私は迷わずにここに来ることができたのよ。そうじゃないとおかしいでしょう? だからね、この子たちは私の味方なのよ」
なにを言っているのかよくわからない。だが、好都合だ。
これを利用しない手はない。
警戒心は解かれてはいないが、魔物はエイダの命令に従うのが分かった。
「エイダ。私たちが敵ではない事を魔物たちに伝えてくれないか?」
「ええ、良いわよ! みんな、イザベラたちは敵じゃないわ。だから、なにも怖がる必要はないわよ」
「ぎゃ! ぎゃううっ!」
「え? そんなこと無いわよ。私が騙されているわけないじゃないの。いい? 信じないと信じて貰えないのよ。みんなが先に信じなきゃダメじゃないの」
バカなのだろうか。
私には魔物がなにを言っているのかを理解することが出来ない。だが、エイダの言葉から推測することは出来る。恐らく、私の言葉が嘘だと勘付いたのだろう。それをエイダに言ったものの取り合ってもらえなかったのだ。
魔物は心を持たない生き物だと思っていた。しかし、エイダの言葉に対して返事をしているかのように声をあげる姿を見る限りでは、なんらかの感情を持ち合わせているのではないかと思ってしまう。
「ぎゃぎゃっ! ぎゃううっ」
「ええー……。それはないわよ。イザベラは私が攫われたと思って助けに来てくれたのよ? みんなにそんな意思は無かったんだって伝えないと誤解されちゃうわ」
「ぎゃうう……」
「だから、大丈夫よ。心配性なのね? ふふふ、大丈夫よ。言ったでしょ? みんなの事は私が助けてあげるって」
エイダの言葉を信用したのだろう。
一匹、また一匹と伏せていく。寝転んでいる魔物までいる。まさか本当に警戒心を解くとは思っていなかったのだが、これ程に都合の良い事は無い。中には腹を出して眠り始めた魔物までいる。それは殺してくれといっているようなものだと分からないのだろうか。
エイダには魔物を制御する力がある。
それは皇国の発展に役に立つ力だろう。無邪気にその力を見せつける彼女は自分の首を絞めていることに気付いていないのかもしれない。
「これでいいかしら? ねえ、イザベラ。私ね、貴女をここで待っていたの。待っていた、のだと思うの。ねえ、なにかを言ってちょうだいよ」
褒められるのが当然だと言いたげな表情をしたエイダはなにも分かっていないのだろう。私を守るように着いてきたセバスチャン達や冒険者たちは、エイダに対して恐れを抱いている。当然だ。魔物を意のままに操ることが出来る魔女は恐怖の対象だ。
「エイダ。何故、お前は笑っていられるのだ?」
私たちは、一時的なものだったとしてもこの恐ろしい魔女を囲っていたのか。この恐ろしい魔女に恋をしたローレンス様を咎めなかったのか。
何故、今まで気づくことが出来なかったのだろう。
このような存在はいてはならないという事に、もっと早く気付くべきだった。
「なんで? だって、私はこんなに幸せなんだもの。幸せだから、笑っちゃうのよ。そういうものでしょ?」
お前の故郷の町が滅びそうになったことを知らないのか。
そのようなことはありえないと分かっている。それでも、そんなことを思ってしまうのは仕方がないだろう。故郷が滅びの危機に陥るほどの襲撃を受けたというのにもかかわらず、魔物を傍において笑っているのだ。幸せだと口にしているのだ。その異常な姿からは狂気すら感じられる。
「そうか。それがお前の答えか」
魔物の影響を受けたのかもしれない。
人間の心を忘れてしまったのかもしれない。そもそも、最初から良心を持ち合わせていないのかもしれない。
それならば、攻撃手段を奪うしかないだろう。簡単に魔物を制御するエイダを目の前にして引き連れて来た部下たちは怯えている。戦力として連れて来たのだが、これでは巻き込まれて命を落とすだけだろう。
エイダの異常さはこの場では私だけが見慣れたものだ。
学院に通っていた頃はここまで異常ではなかった。少なくとも故郷の人々が苦しんでいると知っていても笑っているような人間ではなかった。
「【氷の刃(アイス・ブレイド)】」
白銀の腕輪に魔力を込めて魔法を発動させる。大量の【氷の刃】は驚いた表情のエイダを避けて魔物たちに突き刺さる。本来ならば一つ、二つの氷の刃を生成する魔法だが、多量の魔力を込めればその数は変化する。全ての魔物を仕留める為には数えきれないほどの量が必要だった。その為の準備期間だったとも知らず、嬉しそうに話していたエイダは目を見開いたままだ。
とはいえ、私も余裕があるわけではない。 消費した魔力は膨大だ。何発も放つわけにはいかない。なにより、部下たちを守りながら魔物を凍らせてしまうのには魔力を大量に消費する。
「【凍れ(フリーズ)】」
検体材料として騎士団に引き渡す必要があるだろう。命令を聞く魔物は突然変異個体の可能性もある。その為にも生きたまま凍らせなくてはならない。
【氷の刃】が命中した個所から凍らせていく。致命傷を負っているからだろうか。抵抗せずに魔物が凍っていく姿は恐怖すら感じる。
まさか、エイダの命令に従い続けているのだろうか。
エイダを取り囲んでいた魔物たちが氷漬けになっていく中、彼女は人形のように表情が落ちていた。驚いたからなのだろうか。それは数秒ほどの変化だったが、なぜか、その表情が引っ掛かる。
なにかを見逃しているのではないだろうか。
魔物を制御するエイダを捕縛することに重点をおいていたが、なにかがおかしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます