05-2.女公爵はお疲れである
魔法を使うのは倦怠感があるから好きではない。魔法を連発するのがいけないのだろう。魔力と知識が有り余っているからと中級や上級魔法を連発するのがいけないのだろう。身体が不調を起こさない程度に収めない私がいけないのは分かっているが、新しく修得をした魔法を使いたくてしかたがないのだ。
倦怠感さえなければ、魔法の研究に身を投じたことだろう。
古代文字を解読して古代魔法の習得に人生を費やしたことだろう。それをすれば、数日はまともに動けないということは身をもって理解している。
「あぁー、アリア。アリアが足りない。セバスチャン、なんとかしろ」
「疲れるとおかしなことばかりを言い始めますね。イザベラ様が幼かった頃を思い出します。……それでは、今日は仕事を終わりにしますか?」
「……なんだ、いいのか。仕事は山のようになっているだろう。私が好きなことをしたのだ。その間の書類は終わっていないだろう」
「その状態では仕事は出来ないでしょう。ゆっくりと休まれてはいかがですか」
心の優しい執事のようなことを言っている。
執務室の机の上に書類の山を置いていくセバスチャンとは思えない言動だ。どこかで頭でもぶつけたのだろうか。それはそれで心配だ。
「休むよりもアリアと一緒にいたい。アリアの服を選びたい。着せ替え人形のようにして遊びたい。アリアと一緒にくだらない話をして笑っている顔がみたい」
なによりもアリアが足りていない。
私のしたことは正しいことだったのだと自分自身を納得させる為にも、アリアの笑顔が見たい。可愛らしいアリアを守る為ならば、かつての友だって切り捨てることは正しい行為だったのだと自分自身に言い聞かせなくてはならない。
「アリアと生きていければ、私は、それでいい」
アリアを救う為だけに他人を犠牲にしなくてはならないのならば、仕方がないことだと開き直るだろう。私は他人を犠牲にしてしまうだろう。あの喪失感を味わうのならば関係のない他人だったとしても切り捨ててしまうだろう。
領地と領民を愛する領主ではないのかもしれない。
公爵として正しい振る舞いをするよりも、人望に溢れた領主を目指すことよりも、私は異母妹を守ることだけに奔走するだろう。それがおかしいことだということは自覚をしている。前世の記憶を取り戻したことにより、私はおかしくなってしまったのかもしれない。
「イザベラ様、休まれた方が良いと思いますよ。幼児返りでもするつもりですか」
意味もなく足をばたつかせれば、足を押さえつけられた。
先程まで書類整理をしていたのに、いつの間に仕事を止めたのだろう。いつもならば少しの動きでも気付くことが出来る。それなのに思考回路だけではなく、五感までも機能が低下しているのだろうか。足を押さえつけているセバスチャンの力は強くはない。それどころか伝わってくる体温の温かさが眠りを誘ってくる。
「行儀が悪いですよ」
「ん……、分かっている」
「お休みなられるのならば寝室に行きましょう。ソファーよりもベッドで眠りにつかれる方が心身ともに楽になりますよ」
「嫌だ。歩きたくない。抱えていけ」
「それで良いのですか。公爵なのですよ。イザベラ様、貴女様は誰よりも公爵としての姿に執着しているではないですか。幼い子どものような姿を誰かに見られることは避けるべきなのではないですか?」
「公爵だってたまには歩きたくない。それに屋敷の人間は知っている者たちだけだ。たまにはいいだろう。……ダメか?」
動かないようにと足を押さえつけているセバスチャンの顔は見えない。
思い返せば、父がアリアを屋敷に連れて来た日から、セバスチャンは私の専属執事に選ばれたのだ。いいや、私がセバスチャンを専属にしてほしいと我が儘を言ったのだ。思い返せば父に我が儘を言ったのは、それが初めてだった。その当時は執事見習いの使用人だったが、どうしても、セバスチャンがよかったのだ。
「……ふふ、許容範囲を超えたものはダメだと言ってくれても構わない」
十年来の付き合いというのもあって私はセバスチャンには我儘を言ってきた。
文句を言いながらも我儘に応えてくれるのを知っているからだ。嫌な顔をせずにしてくれる。それに私が間違えた時は正しい道を教えてくれる。それに応えなくても、文句を言いながらも私の傍から離れなかった。
「私は、時にはその制止を振り切ることもあるだろう。わかっているんだ。公爵として相応しい在り方ではないことも、他の方法を探すべきことだということも。それでも譲れないものがある。それは、お前に寝室に運べと駄々を捏ねているのとは関係がないものだけどな」
前世でもそうだった。
命を捨てるような行為だと誰もが理解をしている戦争に参戦を決めた時、セバスチャンは形相を変えて説得をしようとしてくれた。公爵として道を歩むのならば、それは間違った道だと、他にも方法があるのではないかと言っていた。それでも私はその手を振り払ったのだ。それ以上、口出しをするのならば解雇通知を出すと脅すような真似をした。それでも、私が屋敷を立つその日まで一緒にいてくれたのだ。
それは、仕事だったからかもしれない。それでも、最後まで引き留めようとしていたことは未だに覚えている。忘れられないのだ。
彼は最後まで私に参戦を辞退するように言っていた。
自殺のような真似をする必要はないと言っていた。その言葉を忘れることはできなかった。覚えていながらも私は命を投げ捨てたのだ。
それが今とはなにも関係のない話になっていても構わない。あのような悲劇は誰の記憶の中に残っていなくてもいい。私だけが後悔として覚え続けてればいいだけの話だ。
「私が手を汚さなければならないこともある。現実から逃げるような真似だろうとも、私が、解決をしなくてはならないこともある」
セバスチャンは私を生かす為に同じようなことをするだろう。
だから、甘えてしまうのだ。セバスチャンは私と一緒にいてくれるから。
公爵ではない個人としての私を必要としていると真顔で言ってくれるような人はセバスチャンだけだ。彼だけは文句を言いながらも私を必要としてくれている。それだけでどれほど救われたことだろう。ロイやディアも傍にはいてくれるものの、それは公爵だからだ。
甘えも見返りを求めることも許されはしない。
公爵家の人間として相応しい振る舞いをすることだけが求められている。
「誰にも甘えてはいけないと分かっている。言ってみただけだよ……」
分かっているのだ。父も母もそうだった。
甘えは公爵家に損を与えるだけ。なにも得るものはない。
スプリングフィールド公爵家の直系の血を継ぐのは私と祖父だけとなってしまった。今では公爵位を継ぐことが出来るのは私だけだ。直系の血を絶やしてはならないからこそ、いずれは婿養子を取るだろう。そして血を継いでいく為だけの子を産むのだ。母の言葉を借りるのならば、それが公爵家に生まれた者の責務であるのだから、仕方がないことだ。そして愛を知らない子は同じような悩みを抱える事になるのかもしれない。
それならば、私は分家の子どもを養子として迎え入れたい。
婿養子をとらなくてはならないのだったら、それ以外の方法を探したい。
「私は公爵だ。スプリングフィールド公爵家の人間だ。甘えは許されない。そのことを忘れてしまったわけではないよ」
普段は真面目に公爵としての仕事をするからたまには良いだろう。
人前では上げ足を取られることのないように気を張っているのだから、良いだろう。
「少し、疲れてしまっただけだ。……私のしている行為には意味があるのだろうかと、これが正しい方法なのかと、少しだけ思ってしまっただけだ」
私だって疲れるのだ。公爵で居続けるのは、心を押し殺すのと同じだ。命を救いたくても奪うような真似をしてしまう。それが公爵として求められている行為ならば、私はどのような行為でもするだろう。本当はローレンス様を追い詰めるつもりはなかった。皇帝陛下が求めていた真意を読み取る事を無意識に拒んでしまったのは、ローレンス様を救う術を必死になって探していたからだ。分かっている。それは皇帝陛下が求めていることではない、それならば、私は皇帝陛下にお仕えする公爵として振る舞わなければならないということをわかっている。
その結果、ローレンス様を追い詰めてしまったのだ。
今も夢に見る。前世ではローレンス様は最後まで笑っていた。エイダと共にあることを選んだ彼は幸せだったのだろう。そんな彼の幸せを壊したのは私だ。
だからこそ、私は公爵で居続けなければならない。
エイダが口にした言葉が世界の真実だと言うのならば、それを壊してしまった責任を取らなくてはならない。それが個人としての情を捨てることならば、私は喜んでそうするだろう。そうしなくてはならないのだから。
これは世界を狂わせた罰だというのならば、私はその罰を受け入れよう。
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