02-3.答えのない物語を歩む

「ママ。私ね、ママとパパが思っているよりも最低なことをしてきたのよ。みんなが噂しているよりも最低なことをしたわ。私が幸せになる為に世界があるって心の底から思っていたのよ。……それを言っても、あの時、ママは笑って許してくれたから。パパは幸せになって何が悪いって言ってくれたから、だから、私は自殺をしなかっただけよ」


 前回とは全く違う行動をし始めたイザベラは、私が死んでも何も思わなかったかもしれない。それでもいいの。私は今でもイザベラのことが大好きなのはなにも変わらないわ。


 だって、彼女は私を守ってくれたのよ。


 六年前。ただの村娘だった私を守ってくれた彼女のことを嫌いになれるわけがないじゃないの。私はイザベラの隣にいたいの。大好きな彼女の親友と自信をもって言えるだけの立場がほしいの。その為には私はなんだってしてきたわ。

 前世で何周もしてきた乙女ゲームとは違う展開になっているのかもしれない。もしかしたら、私が知らないルートを辿っているだけなのかもしれない。それでもいいわ。


「私ね、大好きな人がいるの。ローレンス様のことも大好きだけど、それよりも大好きな人よ。私の生きる意味といっても過言ではないわ。一週間も教会に籠っていて思い知ったの。私はここでは死にたくないって」


 もう一度、イザベラの隣に並ぶのよ。私だけの英雄の隣に並ぶの。


 英雄の隣には聖女がいる。なんて、素敵じゃない。物語の定番でしょう? 私はそうなりたいの。大好きな人の為に生きていきたいの。六年前、イザベラが私を助けてくれたあの日から私はそれだけの為に生きてきたのだから。


 でも、私はヒロインじゃなくなってしまった。


 重罪を背負った町娘というべきかもしれないわ。簡単な魔法薬を作ることしか出来ない魔女の成り損ない。それでも、私はようやく私になれたの。前世や乙女ゲームに囚われて暴走していたヒロイン擬きではなくて、ただのエイダになれたの。それはパパとママが私を愛してくれているって、初めて気づいたから。


 だから、私は今度こそ生き残るの。そして、ヒロインでもない、ただの私としてイザベラの隣に並ぶのよ。それはヒロインだった頃よりも難しいことだってことは分かっているわ。


 いい加減に諦めろと言う人だっているでしょうね。おかしいとか、狂っているとか、頭のおかしいストーカーだとか。そんな罵声を上げる人だっているかもしれないわ。でもね、そんな言葉を気にする私じゃないの。


 だって、簡単に諦められるわけがないじゃないの。


 六年間もそうやって生きてきたの。前世や前々世を含めたらもっと長い間そうやって生きてきたの。一回、挫折をしたからって変えられるわけがないじゃないの。これが私らしい生き方だから!


「都合がいいって言われるかもしれないわ。顔を出すなって言われるかもしれない。それこそ、魔物と一緒に討伐されちゃうかもしれないわ」


 私は多くの関係のない人を巻き込んできたわ。彼女には何があっても謝るつもりはないけど、アリア・スプリングフィールドには非道だって言われても仕方がないと思っているわ。思っているだけで彼女に対してはなにも償うつもりはないけれど。それでも、それは彼女に対しての話よ。


 私は、誰かの為になにかをする資格は無いのかもしれない。


 自分勝手で、自分が大好きで、私が幸せになる為ならなんだってしてきたわ。だからママやパパ、叔父さんや叔母さん、従兄弟たちに、小さい頃から一緒に育ってきた友達、お世話になった近所の人たち、みんながいるこの町を救いたいなんて願うのは都合の良い最低な我儘だって分かっているの。でも、最低だって良いじゃないの。大好きな人たちに笑ってもらいたくてなにが悪いのよ。


 イザベラに認められたいっていう欲求が行動力だっていいじゃない。そのついでだとしても大好きな人たちに笑ってもらいたいのよ。どちらも私の本音だわ。これだけは誰にも否定させないんだから。


「私はローレンス様が好きだったわ。アイザックとマーヴィンといるのも好きだったわ。イザベラと一緒にいるのが好きだったわ。だから、学院ではみんなで一緒にいることを選んだの。ママ、私ね、これに関してはなにも後悔はしていないの。世間では悪女だって言われているけど、好きな人と友達と一緒にいてなにが悪いのか分からないもん」


 考えてみれば、ローレンス様には酷いことをしたわ。


 私はローレンス様の事が好きだったけれども、彼から皇太子殿下の地位を奪うことになるなんて知らなかったわ。王城から追い出されてしまった後は一度も会っていないから、新聞で廃嫡されたことを知ったのだけども。アイザックとマーヴィンがどうなったのかも知らないわ。新聞に載っていなかったから。


「好きなのに一緒に居られないなんて間違っているわ。今もそう思うもの。好きになった気持ちは作り物じゃないわ。私はヒロインとしてではなくて、エイダとしてみんなを好きになったの」


 好きな人と一緒にいたい。

 好きな人に死んでほしくない。


 それだけだったの。それだけだったのに。


 なんでも叶う力があることに気付いてから、私は自分の欲望を抑えることを忘れてしまったのかもしれないわ。六年前、この世界が乙女ゲームの世界だって知ったのも、私がヒロインだって知ったのも、私が幸せになる為なんだって本気で思っていたわ。


 だから、全てを失ってしまった時には【初期化】をしようと思ったの。


 それが叶わなくて、力の全てを失ってしまった時には、自殺しようと思ったわ。生きていても何も意味がないなら、私の命を終わらせてしまえば、展開が変わるかもしれないなんて本気で思ったの。それをしなかったのは、パパとママがいたから。パパとママが私をこの世界に引き留めてくれたの。


「私、今度こそ大好きなみんなを守りたいの。どんなに冷たい目を向けられても、石を投げられても、それでも、私はみんなが好きよ。クリーマ町が好きよ」


 クリーマ町の大好きな人たちを助けたい。

 みんなに死んでほしくない。救えなかった人たちの分もみんなを守りたい。


 それを思う資格がないってことは分かっているわ。誰かに言われなくても、私が誰よりも分かっているわ。


「これは、私の最低の我儘なの。ごめんね、ママ」


 私を庇って骨を折ってしまったママをおいていくのは心が痛いわ。神父様も私がいない事に気付けばママを教会から追い出してしまうかもしれない。人質のように扱うかもしれない。


「……分かったわ、エイダちゃん。エイダちゃんの思う通りに行動してみなさい、きっと、神様はエイダちゃんの事を見守ってくださっているわ」


「ママ……」


「でも、二つだけ約束をしてね? 一つ目は怪我をしたらママのところに戻ってくる事、二つ目は後悔をしない事。それを守れるなら、ママは教会で待っているわ。ママなら大丈夫よ。神父様にお願いをして教会の手伝いをさせてもらうわ。これでも神父様とは古い友達なのよ。だから、ママの事は心配しないでいいわよ」


「うん。ママ、ありがとう。いってきます!」


「ええ、いってらっしゃい、エイダちゃん」


 ママの言葉は不思議だと思うの。

 どうしてなのか、分からないけど。でも、ママの言葉は私を前向きにさせてくれる魔法の言葉なの。



* * *



 それから、私は安全な教会から抜け出して外に出た。

 見知った建物は所々壊されている。道は荒れ果てて、色々な所から大きな音が鳴る。音が鳴った方向を見てみれば炎や水、雷が空から降り注いでいる。それは天変地異ではなくて魔法によるものだって直ぐに分かったわ。


「うぅ……、早まったかも」


 遠くから見ているだけでも寒気が走る。


 みんなを守るんだって言ったのに。それなのに私の足は動かない。怖くて仕方が無いの。だって、私には何も力が無いのだから。


「って、弱気になっている場合じゃないわ! 私がやらなくてどうするのよっ」


 ヒロインではない私には何も価値ない。

 それなら、大切な人たちを守る為に必死に足掻くしかない。この世界が今もゲームのままだというのならば、ゲームに登場しないみんなは死んだ事にならないのかもしれない。最初からいないような扱いなのかもしれない。


 でも、私はみんなが生きている事を知っているの。


 みんなを守りたいなんて私が言う資格は無いけど。でも、見捨てるなんて出来ないわ。



「お嬢さん」


 とりあえず、音が大きい方に行ってみようと走っていれば声がかけられた。呼ばれた方を見てみれば、座り込んでいる人がいる。明らかに怪しい見た目だけど、もしかしたら逃げ遅れた人かもしれない。


「なあに。私、急いでいるのだけど」


「おやおや、そんなに急いでどうしたんだい?」


「見て分からないの? この町を救う為に出来ることを探しているのよ。あなたはどうしてここに座っているの? もしかして怪我でもしているの?」


 布切れを集めたようなボロボロの毛布のようなものを頭から被っているのに、どうして普通に会話ができるのかしら。切羽詰まった様子もないし。無視して行ってもよかったかもしれないわね。


「あのね、私、急いでいるの。怪我をしていないんだったら、もう行くわよ」


 こうしている間にも状況が変わっているかもしれないのに。

 もういいわ。よくわからない人は放っておこう。


「お嬢さん」


 見なかったことにしようと、その人の前を通り過ぎようとしたら腕が掴まれた。その途端に身体中に寒気が走る。氷のように冷たい手をしているのだもの。体温とか色々なものを奪われるんじゃないかってくらいに気持ち悪いわ!!


「ちょっと、触らないでよっ! 手を離しなさいよ!」


「お嬢さん」


「だからなによ! 私にはエイダっていう名前があるのよ! お嬢さんなんて大雑把な括りをしないでちょうだい!」


 不意に、頭から毛布を被っている不気味な人と目が合った気がしたの。

 多分、気のせいだと思うわ。だって顔が見えないほどに被っているのだもの。


「【エイダ】」


 ……名前を呼ばれたのだと、思うの。


 それだけなのに、どうして、頭がぼんやりするの?


「【操り人形(マリオネット)】。君に力を与えてあげるよ」


 意識が遠くなるって、きっと、こういうことをいうのね。

 頭がおかしくなるの。頭の中が真っ白になるの。


「ふふ、舞台の主役は君だよ」


 そういえば、この声、どこかで聞いたような……。



 最後に、私が見たのは、毛布の中で笑っている人だった。


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