02-2.答えのない物語を歩む


* * *


 ヒロインではない私にはなにも価値がないわ。

 ヒロインの私にだけが価値があるの。


 パパとママが認めてくれただけでいいって思うようにしたわ。本当よ。でもね、それだけで生きていけるような心の強さは私にはもっていなかったの。だって、そうでしょう。六年前から私はヒロインとして生きてきたのだもの。


 私がヒロインとしての力を失ってしまった。きっとそれがいけなかったのだってわかっているの。でも、それを誰に言えばいいのかわからないの。

 これが神様の下した天罰だっていうのならば、私の命をあげるわ。だから、私たちを助けてよ。私の故郷を壊さないで。私の大切な人たちを奪おうとしないで。


 ……きっと、私にはもう願う権利もないのだろうけど。


 神様。どうか私にもう一度だけ機会を与えてください。


 六年前のように、イザベラが私たちを救ってくれた日のように、もう一度だけ生き延びる機会を与えてください。私はヒロインとしての力を失ってしまったけれども、それでも、まだ死にたくはないの。


 一週間前からクリーマ町は魔物に襲われるようになってしまったわ。


 元々、この時期は魔物の姿が確認されていたけど。でも、これほどに酷いことはなかったってパパもママも言っていたわ。何日も魔物の襲撃が続くことはありえなかった。これが天罰だというのならば私は神様を恨むわ。


 もしも、私が力を失っていなければ誰も死ななくてすんだのだと思う。


 ヒロインとしての私にはみんなを癒す魔法が使えたのだもの。それさえ、今も使うことができていれば、私はみんなを死なせずにすんだのに。


 前回は戦争だってしたわ。私欲で引き起こした戦争だったわ。

 でも、生死を彷徨う人たちを数えきれないほど奇跡の力で治療することが出来たし、魔物に襲われるようなことはなかったの。ローレンス様からどこかの田舎町が魔物の襲撃を受けたと言っていたけれども、それは、この村ではなかったわ。地名まで教えてくれなかったけれど、私は知っているの。だって、戦争中に襲われるのは別の村だったもの。ゲームの中ではそうだったのから。


 あの時、私が救うことが出来なかったのは、イザベラだけだったの。致命傷だったからなのかもしれない。もしかしたら、イザベラは生きることを諦めてしまったのかもしれない。


 今は誰も助ける事が出来ないなんて、誰も信じてはくれないの。

 当然よね。私は、聖女だったのだもの。


 その力はみんなを救う為の力だったのに。私が幸せになる為だけに使い続けたから、だから、聖女の力を持つ資格を失ってしまったんだわ。


「エイダ!! お前は教会から聖女に選ばれたんだろう!? 娘を助けてくれ!」


「いいや! 先に俺の息子を助けてくれ! 討伐隊に加わって怪我を負ったんだ! 優先するべきだろう!?」


「エイダお姉ちゃんっ、ママを助けてっ」


「ばーちゃんが死んじゃうよ! 助けてよ!!」


 一週間、クリーマ町は魔物に襲われ続けているの。

 私とママを匿って下さっている神父様は言っていたわ。


 恐ろしい事の前触れか、神様のお怒りではないかって。


 聖女だった私を危険には晒せないって神父様は言ってくださったの。……私は言えなかったわ。もう聖女としての力がないってことを。だって、それを言ってしまったらママも危ない所に放り出されてしまうもの。せめて、ママの傷が癒えるまでは黙っていたって怒られないでしょう? ママが死んでしまったら大変だもの。


 私は家族が大切なの。だから、私に助けを求める声には応えない。応えたって助けることはできないもの。仕方がないでしょう?


 冒険者や公爵家の騎士様や魔法使い、魔女たちが大勢救援に来て下さっているけれども、魔物の襲撃は止まらないの。中には亡くなった人もいるわ。

 今日も私たちが避難をしている教会には、たくさんの人たちが助けを求めてやってくるわ。


 壁の薄い奥の部屋に閉じこもっているようにと神父様の御優しい配慮によって、私とママは助けを求めてくる人たちから逃げることができるの。


 分かっているわ。最低だって。でも、仕方が無いじゃない。


 逃げている途中に魔物に襲われて、左腕を骨折したママを置いていくわけにはいかないもの。討伐隊に加わっているパパの安否も分からないし、……私だってみんなを助けたいわ。本当よ。力さえ失っていなければ最前線に立ってみんなを助けにいったわ。


 でも、ヒロインとしての力を失った私にはなにもできないの。


 どうしたらいいのか分からないのよ。こうするべきだって教えてくれる人もいないの。だから、どうしたらいいのか分からないの。

 ママの怪我の様子を見ながら、私なりに色々と考えて、必死になって、怪我に効く魔法薬を生成しているけど、それだってみんなの手元に渡っているのか分からないわ。神父様に渡した魔法薬がみんなの手元に渡っているのなら、少しは、良くなっているでしょう。ヒロインとしての力を失ってしまったとはいえ、身に付けた力はなくなっていないわ。そう信じているのだから。


「……ねえ、ママ」


 ヒロインではない私にはなにも価値はないのかもしれない。

 みんなを救うことが出来る力を失ってしまった私にはなにも出来ないわ。


「この薬を毎食後、一本ずつ飲んでね。一週間分あるわ。効果は少ないけど、でも、一週間飲み続ければ痛みが取れるわ。私ね、魔法学院に通っていた時に魔法薬作りは得意だったの」


「ええ、知っているわ、エイダちゃん。でも、お薬は神父様に渡さないといけないのよ?」


「そうだけど、でもね、これはママの分よ。ねえ、ママ、これは神父様には渡してはだめよ。神父様に渡す分はこの箱の中にしまってあるわ。ママは私の代わりに、神父様に毎日二十本ずつこの箱から渡してね」


「わかったわ。ねえ、エイダちゃん。なにかをするつもりなの? ママの傍に居てちょうだい。危ない所に行くのはパパだけで充分だわ。エイダちゃんまで危ない所に行く必要は無いのよ? 教会にいましょうよ」


 ママはいつも優しい人なの。


 薄い壁越しにある大聖堂から聞こえてくるみんなの声を知っているのに。それでも、一人娘の私の心配をしてくれる。怖くなって教会に隠れていようと言い出した私の我儘を聞き入れてくれて、今も、危ない事はしなくていいって言ってくれる。本音を言えば、ママの優しい言葉に甘えていたいわ。


 誰だって危ない所に行きたくないでしょ。

 死にたくないし、怖い思いをしたくないわ。それを思うのは当たり前でしょ?


「ママ。私はね、ママが思っているような優しい子じゃないわ。みんなを救う力がないからって一週間も教会に引き籠っていられるし、壁の向こう側から聞こえる助けを求める声だって聞こえないふりをするわ。仕方がないじゃないって自分を守る為の言い訳なら山のようにあるわ」


 協会にいれば安全は保障されるとわかっているわ。だからこそ、私は誰かが助けてくれることを願っているだけで何もしようとしなかったのだもの。神父様から言われた通りに魔法薬を作っているだけよ。それだって私にできることはないかって神父様に聞いたことを実践しているだけだもの。


「私みたいなのが聖女だって知ったらみんな怒るわね。……そんな顔をしないでよ、ママ。私はわかっているの。怒られるようなことをしてきたのだもの。それでも、パパとママが私を愛してくれるから生きてみようと思ったのよ?」


 ここが乙女ゲームの世界だって思って生きてきた。

 私がこの世界から愛されるヒロインだって思って生きてきた。


 全てが思い通りになるんだって心の底から思っているわ。今だって、ヒロインとしての力を失ってしまったのは、私への試練なのだと思っているの。試練を乗り越えたら良いことがあるでしょう? 物語ってそういうものじゃない。


 だから、私だって良いことがあるわ。


 そう思えば、ようやく前に進もうと思えたのよ。一週間も教会に籠っていたからこの生活に嫌気が差したっていうのも理由の一つだけど。それでもいいじゃないの。私が動けばみんなが救われるのだから。

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