02-1.答えのない物語を歩む

 月日が流れるのは早いもので暦は五月に入った。


 これから来る雨季に備えて様々な対策を取らなくてはならない重要な時期だ。季節の変わり目だからだろうか。この時期は魔物が出現する事が多い時期でもあった。雨期に入る前に取らなくてはならない様々な対策の一つには、魔物による農作物や人的被害への対策だ。これは特にクリーマ町にとっては重要なものとなる。例年、この時期になるとスプリングフィールド公爵領が多忙になる事を理解しているのだろう。意味のない対談や会合の申し込みは急激に収まった。


「イザベラ様。クリーマ町にて魔物が出没したとの報告が上がっております」


 それは毎年の事ではある。しかし、今年は異常な件数が報告されていた。

 四月の終りから今日までの一週間、クリーマ町からの魔物の出現に関する報告や救助依頼は止まらない。元々領内でも魔物の被害を受ける事の多い地域ではあるのだが、このような事は今までなかった。既にフォスキーヤ冒険者組合からは選りすぐりの冒険者が派遣されている。それでも魔物が現れ続けている。討伐隊を派遣しても、魔物の襲撃が止む事は無い。


 過去の資料を遡ってもそのような事は無かった。


 クリーマ町に対して悪意を持つ者によって魔物が召喚され続けているのではないか。そのような現実的ではない事すら頭が過る。クリーマ町は国境線近くにある農業を中心に成り立っている小さな町だ。父上は魔物の被害を受けるだけで利益の無い町だと切り捨てていた。そのような田舎の小さな町に対して悪意の籠った魔法、所謂、呪術と呼ばれる禁忌に手を出す人はいないだろう。どう考えても禁忌を冒してまで手に入れたいと思わせるものはないのだ。他国の重要人物が密入国をした可能性も探ったものの、それも無駄に終わった。


 手がかりはなにも掴めなかった。

 被害ばかりが増えていくだけである。


「魔物出没に関する五十六件目の報告書でございます。いかがなさいましょう」


「フォスキーヤ冒険者組合はなんと言っている」


「二日前、これ以上の派遣は不可能だと返答を頂いております。再度、依頼を致しますか?」


「……いや、しなくていい」


 ロイの運んで来た報告書を見れば、増えていく死傷者の数と確認されている魔物の種類、数が書かれている。毎回、増えていくのは嫌がらせだろうか。


 数多くの種類が存在しているとはいえ、魔物には知能と理性は無いと言われている。知能や理性をもっているのは魔族だけだ。そして彼らは彼らの国を作り上げ、表向きには平和に暮らしている。


 しかし、魔物は本能のままに他種族を襲う。本能のままに破壊を続ける。


 歴史を遡れば、魔物との意思疎通を図ろうとした魔法使いや魔女もいたものの、それは全て失敗に終わっていると言われている。そのような経緯もあり、魔物には知能も理性も存在しないと言われているのだ。


「依頼要請をしたところで無理だろう」


 屋敷内にいる魔法使いや魔女は応援に出している。一昨日には討伐に成功したと報告が上がったものの、すぐに同じ数の魔物の襲撃に遭ったと報告があった。その際は現場を任せているルーシーの賢明な判断により、撤退をしたと報告があったが、その後も増え続けているのだろう。


 何故、このような事態に陥ったのか。


 魔物討伐とは別の部隊を編成し、原因調査を命じているが、そちらも良い報告はない。まるでクリーマ町に引き寄せられているかのように魔物が増えていくのは確認されたものの、その原因が分からなくては防ぎようもない。不幸中の幸いと言うべきか、クリーマ町以外では魔物は出没していない。念の為、周辺の町を偵察させたが、意味が無かった。他の町では一匹も現れていないのだ。


 クリーマ町には魔物を引き寄せるなにかが存在している。もしくは、何者かそのなにかを手に入れる為に魔物を召喚し続けていると考えるべきだろう。これ以上、被害を増やす前になんとしてでも原因を突き止めなければならない。


「騎士団の派遣要請への返答はどうだった?」


 正直な話をすると、騎士団には期待が出来ない。


 対人ならば凄腕の騎士や魔法使い、魔女がいる。第一騎士団の団長なんて対人戦闘においては敵無しだろう。皇国が誇る騎士団は負け知らずの組織だ。


 しかし、それは魔物が相手となれば話は変わってくる。


 元々、皇国内では魔物の襲撃による被害は少ない。それは皇国の隣国には、魔物討伐により生計を立てている者が多いといわれている帝国があるからだろう。どのように発生しているのか謎に包まれている様々な種族の魔物が、皇国にまで流れ込んでくる事は少ないのだ。古くから囁かれて居る噂には、意思を持たない魔物は帝国が生み出した生物兵器の失敗作だというものがあるが、その信憑性も無いのに等しい。そのような理由から騎士団は魔物討伐を行わない。緊急時以外では王都を離れないのもその理由の一つだろう。


「残念ながら、現時点では返答がございません」


「そうか。やはり期待できそうにはないな……」


 このままでは被害者は増えていくだろう。

 復興事業を進めていたクリーマ町の壊滅的な被害は想像したくもない。冒険者組合も騎士団も期待出来なくとも、討伐を成功しなくてはならない。


 人手が足りないのならば私も出向くべきではないのか。


 少なくとも魔法の扱えない者よりは出来る事がある筈だ。六年前、クリーマ町で魔物襲撃により家屋の下敷きになっていた親子を救った時と同じように領民の命を救うことが出来るのならば、それが良いのではないか。当時十三歳だった私にも領民の命を救うことが出来たのだ。


 それなのに公爵になった今では救う事すらも許されないのか。そのような話があって良いものだろうか。


「イザベラ様。スプリングフィールド公爵である貴女様が現地に行くような真似はしてはなりません。安全な場所からのご指示をお願い致します」


「何度も言われなくても分かっている」


「その顔を見る限りでは納得はされていないのでしょう。六年前のように単独で飛び出すような真似をされてはなりません。貴女様の命が失われるような事態は何があっても避けなくてはなりません」


「セバスチャン。分かっていると言っているだろう」


 アリアが母の血を継いでいれば、話は違っただろう。


 スプリングフィールド公爵家の本家の血筋を継いでいるのは私しかいない。分家の従兄弟たちもいるが彼らを本家の者として招くのは最終手段だ。子を成さないまま、私が死んだ時には公爵家は分家の者になる。それならば、事前準備として養子として引き取ってしまうのも良いかもしれない。アリアが公爵令嬢としている間は揉め事を引き起こす事に成りかねない為、今は養子にするつもりはなかったが、このような事態に遭遇する事が増えていくのならば後継者を鍛えておく必要があるだろう。


 後継者さえいれば、私が現場に出ても支障はないだろう。


 このまま死傷者が増え続けるのを安全な場所から見守っているだけなど、私には出来ない。


「安心しろ、簡単に命を捨てるような真似はしないよ、セバスチャン」


 セバスチャンの必死な顔を見ていれば分かる。本来、領主を兼任している公爵というのは魔物の襲撃に遭っている現地へ行かないものなのだ。市民階級の領民が犠牲になろうとも、貴族は犠牲になってはいけない。それは皇国を守る為に存在する貴族は、市民を守る為の存在では無いからだ。


 領民から多大な税を搾取する領主がいるのと同じだ。


 市民は貴族を支える為の存在だ。だからこそ、領民を大切に扱っている者は少ない。貴族間では変わり者として見られるのは仕方がない。それでも、私はスプリングフィールド領の領民を見捨てる事はしたくはない。


「馬車を用意しろ。クリーマ町に向かう」


「イザベラ様! 話しが違うではありませんか! 公爵であられる貴女様は現地に向かってはなりません! お願い致します、イザベラ様。どうか耐えて下さいませ!」


「その理屈は理解している。だが、この状況でそれを貫き通す必要性は何だ? 私が出向けば多少なりとも被害を食い止める事が出来る。その力はあるのだ。それなのにも関わらず安全な場所から見ていろというのは、私には出来ない話だ」


 セバスチャンを説得する必要はないだろう。私の心配をしている彼にも心配をかけたくは無かったのだが、状況が悪くなりつつあるのだ。力が無いのならば仕方が無いが、私には力がある。全てを解決する事は難しくとも、少しでもその命を救い出すことが出来るのならば、それでいい。


「そのような真似をして貴女様が死んでしまっては何もかも遅いのですよ!」


 その言葉に足が止まる。

 前世で参戦を決めた時もセバスチャンは私を止めようとしていた。幼い頃から専属執事として仕事を与えられているとはいえ、彼がそれほどに必死に止めようとしたのはあの時が初めてだった。あの時は皇帝陛下がご決断をされた事だからとその言葉を聞かない事にしたのだったか。何故だろう。関係ない筈の出来事と重なって感じられるのは。


「クリーマ町は小さな町です。公爵である貴女様が出向く必要はありません。騎士団の到着を待ちましょう。貴女様が犠牲になる可能性はなによりも排除すべき事なのだと何度も申し上げているでしょう!」


「セバスチャン、どのような時も冷静にいるべきなのではなかったか?」


「ええ、そうですとも。今の貴女様は冷静とは思えません。だからこそ、私は止めるのです。ご理解頂けましたか!?」


「冷静だとは思えないのはセバスチャンの言動だよ」


 騎士団の到着を待っていれば、クリーマ町は壊滅するだろう。


 公爵として危険な場所に出向くべきではないかもしれない。多くの貴族たちは自分自身の安全を何よりも優先するだろう。平民が命を落としても何も思わない者もいても可笑しくはない。


「安心しろ。私が死した時は、分家のアドルフ・エインズワース侯爵令息を養子にするようにとロイに命じてある。公爵代理人には祖父を指名してある。だから何も心配する必要はない。そのような事態になったとしても公爵家は何も変わらない」


 公爵として相応しくないと言われても仕方が無い。


 所詮は令嬢のお遊びだと笑う者もいるだろう。それでも、私は領民を見捨てるような領主にはなりたくはない。その末で死ぬような無様な結末を迎えるような事はあってはならない。それも理解をしている。


 だからこそ、何かがあっても良いように私の代わりは用意してある。


 前世では戦争で命を落としたのだ。また志半ばで命を失ってもおかしくはない。そのよう場合に陥っても公爵家が困らないようにしなくてはならない。

 自ら命を投げ出すよう真似はしない。しかし、命を落とすことになっても構わない準備はしてある。なにがあるかわからないのだから当然だろう。


「イザベラ様、私が言っているのはそのような事ではありません。御自身が命を落とされる前提の話を聞きたいわけではありません」


「それも知っている。それ以上は話すのを止めろ、セバスチャン。私は民を見捨てる領主には成りたくないのだよ。それにな、私は弱くはない。簡単には命を落とすような真似はしないよ」


 前世の出来事と重なっているように感じたのは、気のせいだろう。


 それ以上は何も言わなくなったセバスチャンを執務室に置き去りにしたまま、廊下を歩く。通常業務をしていた使用人に馬車の準備を言いつけた。

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