01-2.ヒロインのいない物語は進んでいく

「ウェイド公爵はそれ以上に呆れた提案をしてくるのだよ」


 その提案そのものは父が公爵代理人を務めていた頃から持ち上げられていたものだ。何故、権力に執着していた父がその話を断り続けていたのかは分からない。父に問いかけることができない今となってはその理由を知る機会もないだろう。


 そもそも父は婚約に関して乗り気ではなかったのかもしれない。


 公爵を継ぐ事になる私との婚約を望む家は少なくはないだろう。今だって二つの公爵家以外にも何件も話が持ち込まれている。結婚適齢期なのだから当然のことかもしれない。貴族の次男、三男にとっては私のような婚約者がいない女公爵は両物件なのだということも理解をしている。

 だからこそ、父の行動が理解できない。権力に執着をする性格だった父はなにを考え、婚約をさせなかったのだろうか。


「アイザックか、その弟のジャックのどちらかとの婚約を提案してくる。次男、三男を抱えている家にとっては当然のことかもしれないが、私の婚約者としての提案だよ。父の代から断っているというのに未だに言い続けるのは困ったものだ。なんとかならないものだろうか」


「……イザベラ様との婚約を狙う方は大勢いらっしゃいますが、その中でも最有力候補として名が上がっていると耳にしたことがございます」


「その噂を流しているのもウェイド公爵だ。自作自演の根拠のない作り話だ」


 スプリングフィールド公爵家とウェイド公爵家が婚姻関係を持っても、我が領には大した利益は無い。領地拡大を目指しているウェイド公爵家には多大な利益があるように見えるのだろう。横に長い領地を誇る我が領は、皇国の中でも他国との貿易が栄えている。その利益も狙いの一つだろう。


 歴史を見ても皇国との諍いが多い、帝国との国境線を持つのはスプリングフィールド公爵家とオルコット辺境伯爵家だけだ。それならば昔から交流のある我が家を取り込もうとしたのだろう。


「正式なお断りはしているのでしょう?」


「当然だ。何度も同じような話をする価値はない。ウェイド公爵家との婚姻関係を結ぶつもりはないと父の代から伝えてある。祖父上はこの話に賛成をしているらしいということは、ウェイド公爵を通じて聞いたことはあるが、それだってどこまで事実が混ざっているのかわからないものだ」


「それならば、そのような対談は全てお断りしても良いのではないでしょうか」


「他の話題が主要なものばかりだ。話の隙を狙ってその話題を振ってくるのだ。逃げようがないだろう」


「さようでございますか。それでしたら、他の方と婚約関係を結ぶのはいかがでしょうか。恐れ入りますが、イザベラ様も世間では適齢期となります。いつまでも婚約者がいない状態では社交界で何を言われるか分かりません」


 なにかあれば遠慮せずに言うようにと命令してあるとはいえ、ここまで迷うことなく言い切られるとは思ってもいなかった。結婚適齢期を越えても結婚をしようとしないセバスチャンには言われたくはない言葉だったのだが。


 相談役も兼ねているとはいえ、ここまで遠慮がないのはどうなのだろうか。

 なにがあっても裏切らないと信用する相手は大切だと祖父は言っていた。


 それと同時にその信用に裏切られても立ち直れるような心を持ち続けろと、確実なものは何もないのだと、矛盾しているとすら思える言葉も言っていた。ロイやセバスチャン、マーガレット、ディア、ルーシーに対しての信頼は厚い。だからこそ、若輩者でありながらも公爵を継ぐ事になった私を支えて欲しいと願ったのだ。間違いを指摘して欲しいと、他の道の提案をして欲しいと願った。


 それは、前世での過ちからだ。


 間違いに気づくことが出来ても、正しい道を探す事が出来なかった。結局、死への渇望の末に皆を見捨てたのは私だ。二度と犯してはならない罪だ。


「……婚約か。考えて来なかったな」


「イザベラ様は、幼少期の頃から、ご自身よりもアリアお嬢様を大事にされてきましたから。そろそろ、ご自身の事を優先されても良いのではないでしょうか」


「そうだっただろうか」


「はい。何度も申し上げておりますが、私の主はイザベラ様だけです。大切な方に幸せになって欲しいと願うのは当然の主張なのでしょう? イザベラ様。私はイザベラ様の幸せを心の底から願っております」


「ふふ、何故、そのような話になったのだろうな。……だが、私は婚約をするつもりはないよ。私の家族を無下に扱うような輩では話にならんからな」


 父からは愛された覚えはない。


 それでも愛を知らないわけではない。祖父母からは愛されていた。亡き母からも少しくらいは愛されていたのだと思っている。


「スプリングフィールド領に住まう皇国民は、スプリングフィールド公爵家が守るべき存在の一つである。例え、重い税を課す事になっても領民を愛する心は忘れるな。そして公爵家と共にある執事やメイド、使用人たちは公爵の家族も同然である。――祖父上の思想は私にも引き継がれている。その思いに沿わない者は受け入れるつもりはない」


 他の貴族からの搾取は何があっても受け入れるわけにはいかない。それが皇国の不利益になりかねない事ならば、どのような事であっても阻止をする。それが祖父母から公爵家を任された時に交わした約束である。


 公爵家が取り潰されるような事はあってはならない。


 皇国の存続が危うくなるような事態にならなければ、そのような事は無いだろう。三大公爵家の一角を取り潰してでも権力を手に入れようとする者は少ない。それに安心をしているわけではないが、スプリングフィールド公爵家が落ち着くまでの余裕はあると思っていても問題は無いだろう。


「先々代の思想に拘り過ぎるのも危険ですよ」


 セバスチャンは時々子どもを見るような眼を向けてくるな。私は成人を迎えた大人だというのに、いつまでも世話がかかる子どもだと思っているのだろうか。公爵になったのだ。いつまでも子どものようなことはしていられない。


「祖父上のようにならなくてはならないだろう? 病に伏せた母上のような公爵は求められていないのだ。スプリングフィールド公爵家の名誉を取り戻さなくてはならない。それが私に与えられた義務の一つだ。母上はそれを取り戻すようにと遺言書に残していたのは、セバスチャンも知っているだろう」


 私のやり方は求められていない。


 時代錯誤だと口にする者もいるだろう。祖父が公爵を務めていた頃の強さを取り戻さなくてはならない。戦争が起きても負けない力を手に入れなくてはいけない。


 大切な人たちが生きているのだ。皆を守る為には力が必要となる。

 今度こそ私は負けない。志半ばで命を投げ出すようなことはしない。


「イザベラ様は他人に甘いところがあります。それが足を引っ張るような事になりそうで怖いのです。幼少の頃も他人を庇い、けがをされたことがあったでしょう。領民を愛することは大切な心得ではありますが、それで貴女様がけがをされるようではいけません。それはイザベラ様の悪い癖ですよ」


「それが悪い癖だというのならば、お前が止めろ、セバスチャン。私も努力はするが、頭に血が上りやすい性格だ。感情的にならないとは言い切れない。側近としても傍に置いているお前ならばそれを止める機会があるだろう。……もっとも、私も頑固なところがある。振り切ってしまうかもしれないが」


「先日のアーロン様との対談でも感情的になられていましたね。あのような真似をしてはいけませんと何度も申し上げておりますでしょう。貴女様を止めるのは骨が折れるのです。可能な限りでは対処いたしますが、ご自身でも抑えてくださいよ」


「自覚はしている。……話は終わりだ、終わり。書類仕事に集中するから必要以上に話しかけるなよ」


「かしこまりました、イザベラ様」


 私の教育係をしていた癖がまだ抜けないのだろうか。


 言われなくても分かっている。悪い癖を直さなければ、公爵として生き抜けない事も理解している。子どもらしさを捨て、常に冷静にいなくてはならない。感情的になると日頃から自分自身に言い聞かせている言葉を忘れるのも、悪い癖だ。


「手が止まっていますよ、イザベラ様」


「煩い。必要以上に話しかけるなと言っただろう!」


「また語尾が強くなっています。どのような時でも冷静でいなくてはなりませんよ」


「わかっているっ」


 人をバカにしているのだろうか、この男は。


 終始苛々しながらも書類仕事を終わらせていく。早くアリアに会いたい。アリアに癒されたい。さっさと仕事を終わらせてアリアに会いに行こう。

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