06.“ヒロイン”と“悪役令嬢”の独白
* * *
上手くいかない。
なにをやっても物語が上手くいかない。
私、エイダには前世の記憶がある。
それこそ、この国でも流行っている娯楽小説のような話。
一周目でそれに気付いた時は神様にお祈りをしたものよ。
前世でどうして死んでしまったのは覚えていないし、お母さんたちに会えないのも、友人たちに会えないのも寂しい。でも、それ以上にこの世界は幸せで溢れているから我慢できるの。
きっと不幸な死に方をした私に神様が与えてくれた幸せになれる人生が今なのだと思うの。そうじゃなければ生きていけなかったわ。だって、その日暮らしの生活なんてできるはずがないじゃない。
だから、私は、これから幸せになる為にこんなに辛い思いをしているんだって、必死に自分に言い聞かせて生きてきたのよ。そうしなきゃ死んでいたわ。
この世界は、乙女ゲーム『オーデン皇国恋物語』なのだと気付いたのは、十二歳の時だったの。恐ろしい経験をしたから、きっとその衝撃で前世の記憶を思い出したのね。あの日、私の故郷を魔物が襲ったわ。今でも、時々、夢に見るくらいに恐ろしいものだった。
私の生まれ育った故郷、スプリングフィールド領クリーマ町は魔物の襲撃を度々受けている国境線の町だったから、魔物が町中まで来ることは年に数回はあったみたいだけど。
でも、私は運が悪かった。
いや、別に、倒壊した家屋の下敷きになったママを助けようとしたのが悪かったとは思いたくないけど。でも、ママを助けようとしたから逃げ遅れてしまったの。そして、魔物に殺されそうになった。まさに絶体絶命のピンチで、ママと一緒に死んじゃうと思ったわ。そんなときに限ってパパはいなかったの。
でも、そんな私を助けてくれた人がいるのよ。
だから、あの日のことは忘れられない。
この世界が『オーデン皇国恋物語』だと知ることができたのも、全て、あの人が私を助けてくれたから。
魔法で魔物を凍らせて倒してくれたあの姿は一生忘れられない。ゲームの時は何度も繰り返してその姿を拝んだけど、でも、それ以上にかっこよかった。魔物を倒して、ママを助けてくれて、泣いている私が泣き止むまでずっと一緒にいてくれた時は、このまま泣き顔で生きてもいいと心の底から思ったわ。
私の命の恩人が、ゲームが配信された初日から推し続けてきた人だったのは、運命なのだと思うの。
だってそうでしょう。
私はあの人と幸せになる為に、――いいえ、推しである彼女を幸せにする為にこの世界に生まれてきたのでなかったら理解できないもの。
とはいっても、浮気性の私だから、このゲームの中でも推しは二人いるんだけどね。
一人目は、命の恩人こそイザベラ・スプリングフィールド公爵令嬢、今は女公爵だけど。ゲームの一周目ではサポートキャラのポジションだったんだけど、全ての攻略対象のハッピーエンドを制覇した後に現れる隠しルートの攻略対象だと知った時には興奮のままに叫んでしまったわ。それは今もしっかり覚えている。公式様ありがとうございます!! って、叫んでお母さんに怒られたのは思い出として私の心の中にいつまでもあるのだと思う。
そんな彼女に命を助けてもらった時は運命を感じたわ。
同性愛? なにも問題はないわ。
だって私は彼女を愛しているのだもの。
彼女には私の嫁兼親友になってほしい。
二人目は私の婚約者ことローレンス皇太子殿下。見た目も声も性格も愛していると言って過言ではないわ。それでも不動の一位が揺らがないけど、あのイケメン王道王子様の隣を歩く権利を手に入れる為には手段は選ばなかったわ。
でも、一周目は失敗してしまったの。
イザベラルートに突入したのはよかったのに、結果はバッドエンド。
イザベラが死んでしまったのは想定外だったわ。
名シーンを生で見たい欲に走ったのがいけなかったのだと思う。その後、一回しか使うことができない最終手段の魔法【初期化(リセット)】を使ってしまったの。イザベラ以外の好感度はそのままだったから、魔法自体は成功していたのだと思っているわ。【初期化】のデメリットとして、ランダムで攻略対象の一人の好感度が急降下するというのがあったけど仕方がないわ。
だって、あのままイザベラが死んだまま生きていくなんて選択肢は私の中にはなかったの。
大丈夫よ、私なら今度こそ彼女を幸せにできる。
だって、イザベラは私と一緒に幸せになるのが運命なのだから!
死にそうだった私を助けてくれた日のことはなにがあっても忘れないわ。
日本人だった前世の記憶を思い出さなくても、イザベラに惚れていたと思うわ。
あの日から彼女は私だけの英雄なの。
だから、彼女を幸せにする為なら、彼女が気にかけているあの女を排除することも厭わない。あの女が生きている限りイザベラは幸せになれないのだから。
だからこそ、今度こそはハッピーエンドを迎えるのよ。
隠し攻略対象とはいってもハッピーエンドは二種類あって、私が目指すのは親友兼私の近衛騎士様になってくれるもの。結婚はローレンス様としても良いと思っているわ。
そして、私の理想を叶える為には、ある条件が存在するの。
ゲームでいうとイザベラルートに入る為の必須条件。
攻略サイトに書かれていたから確かな情報だと信じている。
それはイザベラとローレンス様以外のルートなら通らなくてもいいの。
それ自体は、話の都合上、仕方がないことなのだと思うのよね。それに前回は問題なく突破できたし、今回もそうなる予定だったのに失敗してしまった。
でもね、二度とイザベラを死なせたくはないの。
今度こそイザベラと私は幸せになるのよ。
その為には、あの女――、“悪役令嬢”アリア・スプリングフィールドには公開処刑で死んでもらわなくてはいけないの。この際、公開処刑ではなくてもいいわ。死んでくれるのならばなんだっていいわ。ローレンス様の元婚約者で、イザベラの異母妹だからこそ、彼女は私の幸せの為に死ななくてはいけないの。
それなのに婚約破棄の名場面でイザベラがアリアを庇ってしまったのには、言葉を失ったわ。思わず、イザベラの好感度を下げない為に台詞通りに振る舞ったけれど、かなり動揺していたわ。だって、悪役令嬢が庇われるのは最悪な展開なんだもの。
ゲームとしての『オーデン皇国恋物語』のルートには、当然、ヒロインが幸せになるものばかりだったわ。でもね、中にはバッドエンドがあったの。前世でそれを体験した時は、悲鳴をあげたわ。
ヒロインである私にとっては最悪の展開、それは、――“悪役令嬢”アリア・スプリングフィールドの救済。
あの頃はラノベや漫画で悪役令嬢転生系が流行っていたこともあって、そういうものがあったんだと思うけど。私にとっては悪夢のような話よ。
婚約破棄される場面でイザベラに守られるのは、その悪役令嬢救済ルートが開始される時だけ。それ以外にはないの。この世界がゲーム通りに進んでいくのならば、今、私は危機に陥っているのよ。
もう一度【初期化】の魔法を使おうかと思ったわ。
でも、思い留まったの。
三周目がある保証はないことを思い出したから。
だから、最終手段にはまだ手を出さない。
だから、なにがあってもアリア・スプリングフィールドには死んでもらわなくてはいけないの。なによりイザベラと幸せになる為には彼女の存在が邪魔なのだから、仕方がないじゃない。
私だって好きで人を死に追い込むわけじゃないわ。
これはね、私が幸せになる為には仕方がないことなの。
……さて、どうやって物語を進めようかしら。
イザベラへの手紙作戦が難航しているから、次の手段を考えなきゃ。
そうだ、王宮に閉じ込められている私を助けに来てはくれないかしら。
このままでは殺されてしまうとか――、いや、だめだわ。そうするとローレンス様の立場がないじゃないの。次はどうしようかしら。とりあえず、また手紙を書かないといけないわ。
――あぁ、イザベラ。私があなたを助けてみせるわ。
あなたが私を救ってくれたように助けてみせるから、そしたら、また一緒に遊んでくれるわよね? また私の隣で笑っていてくれるわよね?
あなたのいない世界は、二度と戻りたくないの。
だからお願い、私を選んで。
イザベラの送る手紙には私の想いを付け足したのは、これが初めてだったかもしれない。これで少しでも好感度をあげられたらいいのだけど……。
***
わたくし、アリア・スプリングフィールドのことを、世間は婚約破棄をされた哀れな令嬢だと噂していることでしょう。公爵令嬢のわたくしが婚約破棄をされるなんてことはあってはなりません。それなのに世間はわたくしを笑うのでしょう。
優しいお姉様は、そのような世間の目から遠ざけようと忙しくなく仕事をされているのです。このようなことを思う資格はわたくしにはありませんが、お姉様がわたくしを必要としてくださっているという事実だけでわたくしは救われたのですわ。
一週間前、初恋の人でしたローレンス様との婚約が台無しにされてしまったことは、わたくしの人生の中でもっとも悲しい出来事でしたわ。
ですが、お姉様がわたくしを認めてくださったのですから、……とても複雑な心境なのですが、色々と考えた結果、わたくしはとても幸せな人なのだと思いますの。
そう思わなければ、わたくしは自ら命を絶っていたことでしょう。
誰よりもローレンス様をお慕いしておりましたわ。
その気持ちはエイダさんにも負けませんわ。
婚約者がいると分かっていながらも常識のない振る舞いをしていた彼女が許され、わたくしが罪に問われる理由は今でも理解することができません。それでも、ローレンス様がわたくしを要らないと仰せになれるのならば、わたくしはそのお言葉に従うつもりでしたわ。
それでもお姉様はわたくしに手を差し伸べてくださいましたの。
それならば、もう少しだけ頑張ってみようと思いましたの。
そして、二度と同じようなことを繰り返さない為に、毎夜、日記に記すのです。
思い返せば、お姉様と初めてお会いしたのは、八歳の時でした。
それまではとても貧しい生活をしていたのです。今では想像する事も恐ろしい生活でしたわ。その生活が終わったのは、お父様がわたくしとお母様を正式な家族として迎え入れてくださったからなのです。その日がお姉様と初めてお会いした大切な日なのですわ。
お姉様は、わたくしを可愛がってくださいました。
貧しい市民として暮らしていた頃に手伝いを強要されていた畑仕事が好きになれたのも、お姉様が話を聞いてくださる話題を作りたいと思ったのが切っ掛けでしたわ。そして、強要されてするのとわたくしの意思でするのでは違うのだと知ったのですわ。好きになり始めていたことをお母様に止められてしまった時は悲しかったですが、それも、ローレンス様の婚約者として相応しい教養を覚える為なのだからと思えば諦めもつきました。
それから、お父様とお母様の言う通りに生きてきましたわ。
いつの間にか、お姉様から嫌われてしまっていたことは悲しかったのですが、お父様とお母様はお姉様と話をしてはいけないというのです。お姉様と気安く話をするのは不敬罪になるとお父様は夜な夜なわたくしに言い聞かせていました。
お姉様はわたくしたちとは違う存在なのだから、その姿を視界に収めることすらも罪深いことだと仰っていましたの。
そして、お姉様の卒業式の日。
ローレンス様から婚約を破棄すると言い渡された時はその場で死んでしまいたいと思いました。それでも泣いてはいけないと必死に強がっていましたの。……だから、お姉様が助けてくださるなんて思っていなかったのです。
お姉様はわたくしを嫌っていられると思っていました。
だからこそ、わたくしは今が幸せなのです。
大好きなお姉様がわたくしを大切にしてくださるのですから、誰がなにを言おうと幸せなのですわ。……それでは、もう眠るとしましょう。明日はお姉様と一緒に過ごせるのです。寝不足では、要らぬ心配をかけてしまうことになってしまうでしょうから。
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