第71話
「イヤ」
「なん……だと……」
我が娘リリィに求婚をして見事に振られた王子ライニスを見て、大人たちはそれぞれの反応を示した。
まず、カイオスは軽快な笑い声をあげている。相手が子供だろうと容赦なく飛び出しそうだったエクトルは私が止めたので問題はないが、ドルトンなどは額を押さえて大変頭の痛そうな顔をし、苦悩しているのがよく分かる色を伸ばしていた。
(子供の言う結婚して、なんて叶うものではないし……そもそも身分が違いすぎる)
王家とアルデルデ家、そしてベディートの関係を改めて考えてみる。
ドルトンの第二子ダリオンと、カイオスの第一子であるライニスは、王家とアルデルデ家の慣例どおり引き合わされて友人関係となっている。
アルデルデは王族に信用されている騎士で、その盾となるための家だ。時には身代わりになることもあるため、アルデルデの第二子が第一王子につくのが慣例のようである。
ダリオンはおっとりとしたところのある子で、父親によく似たライニスに連れまわされているが悪い関係ではないようだ。
さて、ここで問題になるのが我が娘リリィの存在である。エクトルはアルデルデを出て、平民の薬屋ベディートに婿入りした。元から当主だけが爵位をとるアルデルデ家からさらに平民の家に入ったのだから、エクトル本人は貴族ではないし、その娘のリリィとてそこから程遠い。
親族に騎士系貴族がいる、というようなたまにある平民の家系である。……まあ、あらゆる部分が少々特殊ではあるが。
(お母さまが張り切ってリリィに令嬢並みの服を着せるから……)
エクトルの母イリーナは、孫娘にぞっこんの祖母だ。アルデルデの子供がどちらも男の子だからか、女の子に着せたい可愛い服は全部リリィへ――といった具合で、見た目だけでいえばご令嬢に負けないどころか勝ってしまうのが現在のリリィなのだ。
一応、アルデルデに出入りするということで、それなりの礼儀作法も習っているのと、彼女自身も勉強が好きというか、本が好きというか、そのような性質で大人しいので、わざわざ言わなければどこぞのご令嬢のように見えるのかもしれない。
薬師塔に遊びにやってきた王家の親子と護衛の親子の中で、ライニスだけが初めてリリィに会った。そうして彼女に目を奪われたライニスは唐突な求婚をして、普通に振られて今に至る。
「はは、諦めろ。この場で権力を振りかざすことはできん。それに、平民の娘をお前の妃にすることは許されない」
「……なぜですか」
「王族には王族としての振る舞いが求められる。なんでも思う通りになるとは思うな。王族だからできることも多いが、王族だからできぬことも多い。今のうちに学んでおけ」
まだ幼い子供に言い聞かせても完全に理解することは難しいだろう。ただライニスは、リリィと結婚できないということだけは分かったようで、ショックを受けて固まってしまった。
涙は出ていないものの、悲しみ傷ついていることは感情線を見れば分かる。彼の友人であるダリオンが隣で慰め方も分からずオロオロとしているところへ、リリィが近づいていった。
「……元気、だして。どうぞ」
「おまえ……」
「泣きたいんでしょう? これで隠すといいよ」
私と同じものが見えている娘は、泣くこともできずに悲しんでいるライニスへとハンカチを差し出していた。私の隣からは「俺の娘が優しすぎる……」と感動しながら呟いている声が聞こえてくるが、いつものことなので特に気にならない。
ライニスはリリィの差し出したハンカチを受け取って、それをぎゅっと握りしめた。
「……感謝する。……もし、わたしが王族をやめたら、妃になってくれるか?」
王族はやめられないのでは、とか。王族でなくなったら妃とは呼ばないのでは、とか。子供の使う言葉にそのような茶々を入れる大人はいなかった。ただカイオスは非常に楽しそうに息子を見ていて、私は飛び出しそうな夫を押さえるのに大変である。
「イヤ」
「うっ……!」
「でんか、元気だして……リリィは正直なんだ」
そしてやはりしっかり拒絶されて、友人から慰めという名の現実を突きつけられている小さな王子は、それでももらったハンカチを手放せないようだった。
子供同士のことだし、将来的な気持ちがどうなるかは分からない。ただ、今、この瞬間に伸び始めた半透明の恋の色には偽りはないのだろう。
「ははははは。ライニス、そういうのはまず相手の心を手に入れてからだろう。そうでなければ絶対に不可能だ」
「……わかりました、父上。……わたしはがんばるぞ」
決意を新たにする王子様と、その頭上に伸びた新しい色に首を傾げている娘。友人が元気になってよかったと朗らかに笑う甥。そんな三人の子供を見守りながら、カイオスの口ぶりがどうも気になる。……リリィの気持ちがあるなら、どうにかする方法がありそうな言い方だ。
「俺の娘はやら……っ」
「気が早いですよ。まだ子供同士です。それに現実は甘くありませんから、落ち着きましょう」
「……うん」
そう言いながらも娘の元までつかつかと歩み寄り抱き上げて「リリィはお父さんが好きだよねー」と幼き王子と娘の距離を物理的にとらせる仕方のない夫に苦笑して、ふとカイオスに視線を向けると目が合った。
そこで向けられたのは普段の悪戯っぽい笑みでも、権力者としての圧でもなく、親としての慈愛を感じさせる優しい笑みである。
(……本人たち次第、ということですね。分かりました)
カイオスがリリィや私たち夫婦に無理強いをすることはないだろう。ただしリリィとライニスの二人が互いを強く望むなら、何か抜け道を用意することを考えていそうだ。
この国王は人の感情を読むことに長けている。だからこそ無茶ぶりはしても自分についてくる臣下に背かれることだけは絶対にしない。私やエクトルの信頼を、彼は裏切らないと信じている。
(……魔法使いは権力者に見つかってはいけない)
権力者に見つかれば道具として使い潰されるかもしれないから。それは私が子供のころから言い聞かせられたことで、リリィが治癒魔法を使えるようになったら教えなければならないことだ。
――しかしもし、魔法使いが権力者の身内となるならどうだろうか。道具ではなく、権力者側に立てるとしたら。
(それなら、何よりも守られる存在になる可能性は、ある……かもしれない)
搾取する道具ではなく、自分たちの血に宿る力であるならば守ろうとするのではないか。それが王家ともなれば、なおさらに。……だが現実はそう甘いものでもないだろう。やはり、隠し通すのが一番安全な道といえる。
(リリィが本気で信じられる相手なら、リリィを守ってくれる人だろうから……やっぱり、気が早い。これはもっと先の話だ)
人の心を見ることのできる、治癒魔法使い。この世に二人しかいない、特別な力。私たちは信じる相手を見極めなければならない。けれど本当に信じて愛せる相手に出会えたなら、この力で幸せな未来を切り開いていけるはずだ。
……その頃には親バカここに極まれりといった様子のエクトルも娘離れができていることを祈る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます