第12話
本日は薬屋定休日。エクトルと薬の取引を終え、彼が癖になりそうだと気に入った新作の茶葉をいくつか購入してもらった後。予定通り、私は商店通りにやってきて、薬の材料を購入していた。
行く先々で声をかけられ、予想線を見てアドバイスしてはお土産を貰い、持ってきた袋がはちきれんばかりに膨らんだ頃、それは現れた。
(なんだ、あの不幸の見本市みたいな人は)
死、病、怪我、悲しみ、苦痛――そういった不幸の予想線が短いながら普通ではありえない数伸びている男。ただしすべて短いので、おそらく何者かに命を狙われており、常に命の危険が付きまとっている、という状態なのだろう。
旅人風の装束であるその不幸男は同じく旅人風の連れと二人でテラスでの食事を楽しんでいるように見える。しかし周りに不信警戒の色である灰色の線を伸ばした人間がちらほらいるので、大量の護衛があたりに紛れ込んでいるのだと察した。……そんなことができるのは金持ちだけだ。
(どこぞの富豪か、貴族か。なら関わらないようにしな……きゃ……いけない、のに……!!)
関わらないようにしたいと思ったのに。新たな食事が運ばれてきたところで、連れの男の病と死の予想線がグングンと伸び始めた。不幸男の方も少しずつ伸びている。
運ばれてきた料理、死とともに伸びる病の予想線、そこから導き出される答えは一つだけ――毒、だ。
その考えに至った時、私は荷物袋の一番上にあった果物をつかみ取り、料理を口に運ぼうとする男に向かってぶん投げていた。その果物は男にぶつかる前に叩き落とされたし、私は町人に扮した護衛らしき人間に取り囲まれたが、そのまま叫ぶ。彼の食事を邪魔できればそれでいいのだから。
「その料理を食べてはいけません!!」
我ながらとんでもない失態、だと思う。でもそれを食べたら死ぬと分かっている人を見殺しにできる性格でもなかったのだから、仕方ない。
私の言葉で、私を捕まえようとしていた人達は動きを止めた。そして料理を運んできたウエイターがその場から逃げ出そうとし、近くにいた護衛らしき者達に取り押さえられたのが見える。
「なんだ、シルル。また占いか?」
「今度は何が分かったの? 料理に鼠の毛でも混ざってたのかね」
護衛の存在も何も知らない町の人々はのんきなものだ。いつもと変わらぬ様子で私に笑いかけてくる。適当に受け流していたら、軽く肩を叩かれた。
振り返った先にあったのは、全力で警戒の色を伸ばしている、先ほど毒を食べそうになった男の顔で。笑っている顔の中で晴れた夏空のような瞳の目が、突き刺さるように鋭かった。
「お嬢さん、少しお話を聞かせてもらってもよろしいですか」
「……ええ……はい……」
「大きな荷物ですね。お持ちいたします」
すっと自然な動作で買ったものや貰ったものが詰まった袋を取られてしまった。返してほしければついてこいという意味だろうか。……いやきっと親切心、なのだろう。たぶん。きっと。親切そうな色は見えないけれど。
そうして私が連れていかれたのは、古い小さな家だった。逃げ出したい気持ちで足を踏み入れたその家の中は外観に合わず綺麗に整えられている。そんな部屋の中心では黒髪黒目の美青年が柔らかそうなソファに身をゆだねながら優雅に足を組み、部屋の隅の方には食事を運んできたウエイターが
(本当に貴族かもしれない、これは)
目の前の美青年は、先ほどの危険の見本市の男だ。旅人の装束で顔を隠すようなターバンを被っていたし遠目からだったので分からなかったが、こうして真正面から見ると大変品の良い顔立ちをしている。……貴族は美人を娶りやすいので、顔が整っていることが多い。
そして部屋の四隅に護衛と思わしき人間が立って居て、おそらく扉で続く奥の部屋にも護衛が居るのではないだろうか。偉い人間というのは、大量の護衛を連れているものだから。
(思いっきり警戒され……てるけど、この人だけなんで興味深々なのか……)
私を連れてきた毒を食べそうになった男は警戒の色がものすごく長く伸びているというのに。危険と隣り合わせのはずの、黒髪黒目の男だけは興味の黄緑が長く伸びていた。
「いつまでも立たせているのは忍びない。そこに座るといい」
「……失礼致します」
楽しそうな顔でテーブルを挟んだ向かいの席を勧められ、床に転がるウエイターを視界に入れないようにしながら腰を下ろした。
「さて、貴方に訊きたいことはまず……何故これを私に向かって投げたのでしょう?」
テーブルの上にことり、とリンゴが乗せられる。毒を食べそうになった彼は笑顔を浮かべて尋ねているのに、金色の髪の隙間から覗く、私を見る青い瞳は相変わらず刺すように鋭くて、痛い。
しかし、なんと答えるべきなのだろうか。真実を告げたとしても嘘くさくなる。かといって適当な言い訳も思いつかない。正直かつ曖昧な表現で誤魔化せるだろうか。
「貴方がそれを食べたらいけない予感がして……止めなければと思ったら、投げていました」
「予感、ですか。それは町の人も言っていた占いというものですか? 君は有名な占い師だとか」
「まあ、そのようなもの、ですかね。私は占い師ではなく、しがない薬屋ですが」
私の答えを聞いて、元から長い警戒の色がさらに伸びる。私でも怪しいと思うのだから、それは当たり前の反応だ。しかし他にどう答えればいいのか分からない。
尋問をしていた男は「どう思われますか」と、おそらくこの中で最も身分の高い人間に尋ねる。尋ねられた彼は笑みを浮かべながら頷いて、軽く身を乗り出した。
「嘘はついていない。害意もない。この娘には本当にわかったのだろう、お前の危険が」
そう言われて私が驚く。本当に疑っていないというのは、彼の感情を見て分かる。今この人が私に持っているのは不信でも警戒でもなく、純粋な興味。そしてこの状況を楽しんでいる、らしい。
「……貴方様がそうおっしゃるなら、そうなのでしょうが……」
怪しすぎると言いたげな青い目と予想線の彼に私も同意したい。しかしそれでも少し警戒の色が短くなったことにさらに驚く。
不幸の見本市さんはどうやら、よっぽど人を見る目があるらしい。いや、人の顔色を見る能力というべきか。護衛を務めていると思われる男すらその力を信用している部分があるので、かなり正確で実績があるのだろう。
私のように、特別なものが見えているのかもしれない。そう思ってそっと窺うような視線を向けたら、黒い瞳が楽しそうに笑った。そしてその通りに黄色の線が伸びた。嫌な予感がする。
「決めた。薬屋だと言ったな? 今日はこの娘の店を視察しよう」
「はい?」
「色よい返事ももらったことだ。早速向かおう」
語尾上がり疑問形の「はい」であって色よい返事などしていないと思った瞬間、ぐんと疲労の苔色が伸びたのが見えた。もちろん、黒髪黒目の男ではなく、毒を食べそうになった金髪碧眼の男だ。視界に入る護衛にも同じ色が見えている。……止める様子もなく諦めているということは、突然こういったことを言い出すのが珍しくない、ということか。なんということだ。
どうせ私に拒否権などないのだから、どうしようもないのだけど。口からこぼれそうになるため息を必死に堪えて、結局私は二人の男を店まで案内することになってしまった。……まあ、護衛も後からついてくるのだろうし、二人ではないのかもしれないが。
「お前の名はなんという?」
道すがら、黒髪の男に尋ねられてハッとした。貴族相手にはしっかり名乗らなければならなかったのだろうか。
私はただの一般市民なので、貴族や富裕層の対応なんて全く知らない。一度足を止めて深々と頭を下げ、謝罪する。
「名乗り遅れて失礼いたしました。私はシルル=ベディートと申します」
「人通りの中で止まるものではない、歩け。別に正しい作法など求めていないからな。私はカイ、こっちはドンと呼ぶと良い」
今はもう旅人風の装束で、口元まで布で隠しているため顔がよく見えなくなっているが、黒髪黒目の美青年がカイ、私への警戒は怠らないが疲労の色が隠しきれていない金髪碧眼の男がドン。どちらも偽名だろうが、分かりましたと頷いた。
カイは貴族で、ドンはその護衛筆頭といったところか。ドンの方が食事を先に食べようとしたのは、毒見役を兼ねていたからだろう。
(毒を盛られるのが日常的な生活か……私ならごめんだな)
まあ、私の場合他人が食べる物なら見て毒物かどうか判断できてしまうのだが。私の力を、この二人がどう捉えているかが不安である。……ああ、逃げ出したい。
店に着き、中に案内するとカイと名乗った男は嫌な予感のする笑みを浮かべてドンという護衛に命じた。
「ドン、お前は店の入り口を見張ってろ」
「は!?」
「いい返事だ。私はこの娘と二人で話をする」
命じられたドンは心底頭の痛そうな顔をした。今の「は」は返事ではなく驚きのあまり漏れたものだが、カイには関係ないのだろう。私も同じような顔をしそうになって、必死に笑顔を保った。……ああ、なんでどうしてこうなった。
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