第31話 少女

「…………っ、松明たいまつを捨てるんだっ!」


 少女の美しさに目を奪われていたチロだったが、すぐに状況を思い出して声を上げた。


 突然現れたチロに、少女がはっと顔を向け、動きを止める。


「そいつらは松明の火に群がってるんだ! だからはやくっ!」


 チロの言葉に、少女は一瞬迷う素振りを見せたが、押し寄せてくるヒルヒルの群れに「ひっ」と小さな悲鳴を上げると、持っていた松明を投げ捨てた。


 カランッと音を立てて地面に転がった松明にヒルヒルが群がり、我先われさきにと燃えている先端に飛びついていく。


 ヒルヒルの焼け焦げる音と臭いが、辺りに漂った。


 震えながらその光景を見ていた少女は、緊張から解放されたためか、それともおぞまましい光景に耐えられなかったのか…………


「あっ!」


 チロが駆け寄るよりもはやく、意識を失ってその場に崩れ落ちた。


 少女の傍に片膝をつき、全身をさっと確認する。

 

 どうやら、倒れた拍子に怪我をしたりはしていないようだった。


「このは、ゴブリン……なんだよな?」


 失神している少女を見下ろしながら、チロは呟いた。


 池や泉の水で確認した自分の姿と、あまりにもかけ離れている。


 鮮やかな緑色の髪に、整った顔立ち。


 腰巻きから覗く脚は細いが女性らしい丸みを帯び、胸元に巻かれた布はその下にある柔らかな膨らみで押し上げられていた。


 似ているのは肌の色くらいで、いかにもゴブリンゴブリンした自分と違い、どちらかと言えば少女の見た目は物語に出てくる『エルフ』のようですらあった。


「……このまま放っておく訳にもいかないし、仕方ないよな……」


 決してやましい気持ちがあるわけではないと自分に言い聞かせながら、チロは少女の体の下に手を差し入れ、ゆっくりと持ち上げた。


 手に触れた少女の体は、チロと同じようにひんやりとしていたが、比べ物にならないほど柔らかく、そしてなんだかいい匂いがした。


 前世では結局童貞のままお亡くなりになったチロは、心臓をバクバクと高鳴らせながら、自らの住処すみかへと少女を運んでいくのだった。


 

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