第32話 ゴブリンふたり

「…………」


 少女を抱きかかえて住処すみかに戻ったチロは、まだ意識を取り戻さない少女を泉のそばに横たえた。


「キュアァ……」


 頭の上で、キングが鳴き声をあげる。


 キングも少女を心配しているのだろう。


「大丈夫だよ、気を失ってるだけだから…………たぶん」

「キュア……」


 自信なさげに答えるチロに、キングが余計に心配そうな声で鳴いた。


「ん……っ」


 ふたりの視線が注がれる中、少女が小さく身じろぎをした。


 そして、ゆっくりと目を開いていく。


 顔を覗き込んでいたチロと、少女の目が合った。


 間近で見た少女の瞳は、泉のように澄んだ水色をしていた。


「……っ」

「大丈夫、ヒルヒル……さっきの気持ち悪いのは、もういないから。俺も、何もしない」

「キュアッ、キュアァッ」


 戸惑い、怯えるような仕草を見せる少女を、チロ(とキング)がなだめる。


 すると少女は、不安そうに胸の前で両手を握りながらも、しっかりとチロの目を見つめ、


「た、助けてくれて……あ、ありがと……」


 おどおど系ヒロインのようなアニメ声で、感謝を口にした。


 その瞬間、チロは胸の奥を、ズキュンと何かが突き抜けるのを感じた。


 気づけば、チロは無意識に少女の手を自らの手で包み込んでいた。


「あ……っ」


 少女が、吐息のような声を漏らした。


 薄い緑色の肌にはほんのりと赤みが差し、チロを見上げる水色の瞳はうるんでいる。


 嫌がる素振りは、ない。


 チロの手を振り払おうとも、体を引いて逃げようともしない。


 吸い込まれるように、チロの顔が少女に近づいていき…………

 

 









 ガッ!


「いだぁっ!」


 頭部に、鋭い痛みが走った。


 キングが噛み付いたのだ。


「キュアッ、キュアァッ」


 頭の上で、キングが怒っている。

『いきなり何をしているんだ、お前は』とでも言っているのだろう。


「ご、ごめんっ」

「う、ううん……だいじょぶ……」


 痛みで正気を取り戻したチロは、慌てて少女の手を離し、謝罪した。


 少女も、尖った耳の先まで赤らめながらアセアセと姿勢を正し、それを受け入れる。


「…………」

「…………」


 そのまま二人は、向かい合って正座したまま黙り込んでしまった。


 そして時折チラチラと互いに視線を送っては、目が合うとすぐに逸らし、また視線を送るということを繰り返す。

 

「キュア、キュアァ……」


 会話の途切れた洞窟に、キングの呆れたような鳴き声だけが響くのだった。

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