【ラブコメ】ひまわり
「これを私に?」
厳しい陽射しと蝉の声が窓越しに満たす美術室。部活の後輩である正太郎くんから、私は一輪の花を手渡された。
「はい、お嫌いでなければ」
夏の陽光をたっぷりと含んだ黄色い大輪。力強く鮮やかなひまわりに、私は思わず目を奪われてしまう。
「どうしたの、急に?」
「ここに来るまでの道中、ひまわり畑があるんです。部長に似合うんじゃないかと」
冷静に言う彼の表情には、ほんの少しだけ力みが見えた。
「そう、ありがとう。嬉しいな」
そう返事はしたけれど、その実、私はどう受け止めて良いか分からないでいる。ひまわりの花言葉は『一目ぼれ』という意味だ。この2年間、先輩後輩として過ごして来た彼からのプレゼントに、きっと深い意味はないと思うけれど……。
「花瓶に飾ろっか。ちょっとお水入れてくるね」
花言葉なんてオシャレな知識が彼にあるとも思えない。ついでに顔を洗いたい気分にもなって、私は部屋から出ることにする。
「いや、それが、まだあるんです」
「え?」
2本のひまわりが手渡される。さっきのと合わせると合計3本。
ひまわりはその本数によって花言葉が変わる、という話を聞いたことがある。ここで意味されるのは『あなたを愛しています』だ。
「うん、綺麗だね。私、ひまわり、好きだから」
まさか、ね。そんなロマンチックな告白をするような性格ではないと思う。少しだけ動揺しちゃったのは、ちょっと悔しいけれど。
「お水入れてくるね、この花瓶で大丈夫だろうし」
「いや、それが、まだあるんです」
「うん?」
追加された4本目の花言葉は、あなたに一生の愛を捧げます。
「そ、そっか。これもよく咲いてるね、本当に見頃って感じ」
「喜んでいただけたなら、良かったです」
「この花瓶だと小さいかな? ちょっと大きいの探してくるね」
「いや、それが、まだあるんです」
「はい?」
更に増えて6本目。
その意味は、あなたに夢中です。
「わ、わぁ……」
「いや、それが、まだあるんです」
7本目、密かな愛。
8本目、あなたの思いやりに感謝します。
「あの、正太郎くん」
「多過ぎましたか」
「そういうわけじゃないんだけれど……」
8本目の意味ならまだ理解できる。後輩としていつもお世話になっていますとか、普段のお礼みたいな感じで。もうこれが結論でいいんじゃないかな。
「でしたら、まだあるんです」
「え……」
9本目、いつまでも一緒にいてほしい。
11本目、あなたは私の最愛の人。
12本目、私の恋人になってください。
「いやあの正太郎くん?」
「やはり多過ぎましたか」
「そうじゃなくって……あの、まさかとは思うけれど、花言葉って知ってる?」
しまった、と思う前に聞いていた。ひょっとするとかなり恥ずかしい質問じゃないだろうか。例えばそれは『私の恋人になってくださいという意味ですか?』と尋ねるのに等しいのだから。
「花言葉、ですか」
対する彼はあごに手を当て、じーっくりと考える。
「夏の花ですから、やはり滋養強壮とか、スタミナ回復という言葉が思い浮かびます」
いや誰が君の所感を求めているんだよ、というつっこみを何とか
「そ、そうだね。そういう言葉も良いね」
けれどこれまでの付き合いから、彼が人を笑うなどとは考えにくい。普段から実直そのもの、純朴とも呼べる性格だからだ。
「まぁいっか。これなら大きめの花瓶を探さないとだね」
「いや、それが、まだあるんです」
「ふえっ!?」
そこからは凄まじい勢いだった。数えるのが追い付かないほどのペースで、夏の象徴が次々と手渡されていく。
「しょ、正太郎くん!?」
40本目、あなたに永遠の愛を誓います。
「ちょ、ちょっと」
99本目、永遠の愛。
「あの、も、もう持てな」
そして最後の、108本目。
「流石に多過ぎましたか」
「多過ぎるってもんじゃないわよ! なによ108本って!?」
その花言葉は、私と結婚してください。
「そんなにありましたか」
「数えてなかったのかよっ!?」
これでは律儀に本数を、そして花言葉を考えていた私がバカみたいじゃないか。そんな怒りともつかない複雑な気持ちから、つい言葉を荒げてしまった。
「ていうかどこから取り出してたの!?」
「ちょうど、背負うタイプの籠を持っていましたので」
「そんな偶然ある!?」
「部活が終わったら、山菜を取りに行く予定だったのです。妹が好きなものですから」
「そ、そう……妹さんが好きなんだ」
思いのほか真っ当な理由に、思わず毒気を抜かれてしまった。まぁ最初から自分が1人で考え、自分1人で盛り上がっただけの話なんだけれど。きっと彼は深く考えず、偶然ひまわりを持って来ただけなのだから。
「う〜ん……これだけの数があると、花瓶ってわけにもいかないね。良い使い方あるかなぁ」
「いや、それが、まだあるんです」
「あぁっ!?」
勢いよく窓が開け放たれる。
夏のじっとりとした空気、そして狂わんばかりの蝉の声が室内を一気に満たす。眼下に並ぶのは無数の籠、籠、籠。細かい数はわからないけれど、ざっと1000本以上はあるだろう。
「あのね、正太郎君」
「はい」
「これ、畑かどこかから採って来たの? これはちょっと怒られるんじゃ……」
「祖父の土地で勝手に生えていたものですので、そこは大丈夫です」
聞いて納得する。そう、この後輩はそういう性格だった。確かにズレているところはあるけれど、誰かを傷つけるだとか、筋の通らないことは決してしないタイプなのだ。
そこが私の好きなところなんだけれど。
「ですが確かに、これだけあると扱いに困りますね。済みません、
「……ううん、いっそアートにしちゃおっか」
「アートですか?」
「これでも美術部の部長だもの。使い途くらいは思い浮かぶよ」
これだけの数のひまわりが、絵画の題材で終わるなんてもったいない。ひまわりそのものを使って地面に絵を描けばいい。青空の下で広がる黄色い景色はきっと、見る人の心を離さないだろう。
「でも1つお願いがあるの」
「はい、何でも言ってください」
「手元にある108本にくわえて、あと891本……全部で999本を、あの中から私に選んできてね?」
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