【コメディ】光・街灯・コイン
森の中は暗く、夕方とはとても思えませんでした。
外の光が見えないほど、大きく大きく広がった樹々の枝葉。
たくさんの太い根っこが、階段のように先へと続きます。
「はやく、お婆さまの家に着かないと。本当に夜になってしまうわ」
迷い込んでしまった少女は、とても怖い気持ちに襲われました。
今日は病気で寝込んでいるという、お婆さんの家にお見舞いに行くはずだったのです。
けれども途中、お花のとても良い匂いに誘われ、どんどん奥へと進んでしまいました。気が付くと、太い木々の生い茂った場所へとたどり着いてしまったのです。
少し
「あれはランプの明かりかしら」
ここがどこかも分かりませんが、少女は少し嬉しくなりました。明かりが見えるということは、誰か人がいるのかも知れません。
やがて明かりの元に足を運ぶと、そこには開けたお花畑と、背の高い光源がいくつも立っていました。
光の届かない森の奥深くに、家の近くにある街灯のように大きく伸びた光の数々。
強い照明の下で、オレンジ色をした綺麗なお花が咲き乱れています。こんなところに、いったい誰がこんなお花畑を……
「やぁ、お嬢さん。こんなところで何を?」
「!?」
突然、少女は後ろから声を掛けられました。
「私は心優しい森のゴリラです。ここは平和な場所。あなたのような人間が来てはいけません」
声を掛けて来たのは、見るからにゴリラでした。
少女は思いました。
平和な場所だから人間が来てはいけない、とはどういう理屈なのでしょうか。自分で自分のことを心優しいと自称するところも、納得がいきません。これは余程の危ないゴリラ、もしくは危険なゴリラと思われました。
ですが、彼の目はとても強い慈愛に満ちていました。もう少し具体的に言うと、トロロンとした形をしているのです。焦点が明らかにずれており、とてもきれいに輝いています。
『あぁ、このゴリラはきっとクスリをキめているんだわ』
遠い海の向こうで、愛や平和を訴えて世界的に有名になった人たちがいることを少女は知っていました。彼らが愛や平和について考えるときは、大麻やハッシッシなどを吸引していたことも。ビート●ズとか。
世界平和を歌ったわりにメンバー内で確執や喧嘩が絶えないなんて、随分なヒッピー思想だな、と街の物知りお婆さんが言っていました。
そんなことを少女が思い出す間に、目の前のゴリラはいよいよ優し気な雰囲気を
少女は、これはとても分かりやすい言葉で話さないと通じなさそうだなと思い、とても慎重に言葉を選びました。
「おい、ポン中のゴリラ。ラリッた頭で私の言葉が理解できるか?」
すると、ゴリラは表情を一変させて怒ってしまいました。
「誰が覚せい剤中毒者(※作者注:ポン中を指す。大麻などを扱うシャブ中と異なる場合がある)や! あんな道に外れたヤツらと一緒にするなどゆるせん!!」
荒ぶるゴリラは少女に向かって突進しました。大麻にしろ覚せい剤にしろ、薬物に染まった脳ミソはとても情緒不安定だな、やれやれ。そう思いながら少女は1枚のコインを手に取りました。
「これが何だか分かるかしら?」
そう告げて、コインがピンっと親指に弾かれましす。
クルクルと回る金色のコインは、ゴリラの目元へと飛んでいきました。
「あっぶね!」
カウンターをかまされそうになったゴリラは、すんでのところでコインをキャッチしました。
「私は平和を愛する森のゴリラ。あなたたち人間の貨幣なぞに興味はない!」
怒りを増すゴリラに向かって、少女は問いかけました。
「ヘンプ・コインを知らないのかしら?」
「アヘン……?」
「ヘンプ・コインよ」
金色にコーティングされた、美しい女性の横顔が描かれたコインを指さしながら、少女は言葉を続けました。
「略称はTHC。ブロックチェーン技術を基盤として開発された通貨の一種。その目的は大麻取引の円滑化なの。ボーダレスとなった現代社会では、基軸通貨を介するよりも確実な取引が見込まれるわ」
「???」
混乱をきたすゴリラをよそに、少女は語ります。
「そもそも、大麻の有害性はアルコールやタバコ、ましてや裏社会で流通しているドラッグ類なんか比較にならないほど低いわ。非合法化するからマフィアの資金源となり管理もできなくなる。ならばいっそ、表に出して全てをデータ化する方がよほど健全と私は考えるわ。
大麻の取引を全て可視化すれば、後ろ暗い部分なんて消えてなくなる。ここに照らされるお花畑のように明るい所へと引っ張ってあげることができる。そうすれば、医療にも嗜好品にもあらゆる全てを適切に管理できるのよ」
「な、なにを言っている……?」
「つまり、そのコインがあれば、あなたは誰に
そう言われて、ゴリラはじっと手元の金色を見つめました。
次の瞬間、コインは爆発。立ち上る爆炎と共に、一つの尊い命が天へと召されました。
「馬鹿ね、仮想通貨が実態を持っているわけないじゃない。しょせんはシャブ中……あ、でもいい顧客になる可能性もあったのかしら?」
やっちゃったかしら、と思いながら、少女は思考を切り替えました。
「さて、早くお婆さまの所へいかないと。このケシ畑を教えてあげれば、きっと喜んでくださるわ」
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