エピローグ
「お茶がはいったわよ。レオも一緒にどう? 若返りの秘薬よ」
いったいどこから持ってきたのか、見るからに上等な茶器に香りのいいお茶がなみなみと注がれた。
遠山が逮捕されて一週間が経ったこの日、修理の終わった魔法課にメグとゴン太、それから任務を終えて学校に戻る
「ありがとうございます、校長先生。では、遠慮なくいただきます。先生もマカロン召し上がってくださいね。ゴン太はダメだけどねえ」
「わかってるがな」
窓枠にだらりと寝そべっているゴン太がめんどくさそうに言った。日差しを浴びてふわふわの腹の毛がきらきらと輝いている。こうして見るとそれなりの風格が無くもない。紫苑が緑色のマカロンを摘んで小皿に載せた。
「こんなにたくさんのマカロンをプレゼントするなんて、珍しいわね、レオ」
「まあ、たまにはええやろ」
メグはクスッと小さく笑った。いつかの約束がやっと果たされたのだ。
「ところで校長先生、ひとつ伺ってもいいですか」
三つ目のマカロンを皿に載せながらメグが言った。
「何かしら?」
紫苑が皿を置いてメグの方へと向き直る。
「一週間前のことなんですけど、あの日私気を失っちゃって、気がついたら家のベッドで。ゴン太が撃たれたとこまでは覚えてるんですよ、でも、その後何があったのかゴン太は全然教えてくれないんです。撃たれたはずのゴン太がどうして生きていたのかさえわからないんじゃ落ち着かなくて」
紫苑はちらりとゴン太を見た。ゴン太は窓の外に視線を向けたまま、こちらの話を聞いているのかどうかもわからない。
「そうね、わかったわ。かいつまんで説明するとね、あの時遠山は魔法が使えないと言ったけれど、最初からずっと魔法は使えててね、ちょっと挑発し過ぎちゃったから撃たれたけど何もダメージはなかったのよ。その後ゴン太が興奮して暴れ過ぎちゃったのよね」
「ゴン太ったら調子に乗っちゃったんですね」
紫苑は苦笑いを浮かべた。
「そうね、ちょっとね。だからあなたに言うのが恥ずかしかったのかもしれないわ」
「なあんだ、そういうことですか」
紫苑はあっさり納得した様子のメグを見てほっと胸を撫で下ろした。
メグは早くも四つ目のマカロンに手を伸ばしながら更に質問を重ねた。
「そもそもですけど、校長先生やゴン太はいつから課長が怪しいと思ってたんですか」
「それはレオの方がいいわね。レオ、ちゃんと答えてあげたらどう?」
「……せやな」
ゴン太は観念した様子でむくりと起き上がるとメグの隣へ移動した。メグがマカロンの皿をゴン太の前から遠ざけたのを不愉快そうに眺めてから、目の前の紅茶をひと息に飲み干し、それから大きなゲップをして女性陣の顔をしかめさせた。
「遠山がと言うより、最初はこの部屋や。ドアの前で何か不快な電波みたいなもんを感じたんや。だからこの部屋にはよう近づかんかった。あとでわかったことやけど、原因はあいつの腕時計やヘッドセットやったわ」
「そんな初めから?」
「そや。遠山に初めて会った時にはわしら使い魔の言葉を理解してる素振りやったし、これは何かあると睨んであいつのことを調べ始めたんや。あいつの車は中が透視でけへんし、あの家も同じやった。ますます怪しいやろ? 素性を探らせたら、悪い連中と繋がりがあることもわかった」
「だったら言ってくれたらいいじゃない」
「それは無理やろ。なんたってお前はあいつに心酔しとったからな」
「だって、本当にいい人そうに見えたんだもん」
メグは口を尖らせた。
「あいつの狙いが指輪だと気づいたのは
「そっか、天空さんのお陰なんだね」
「それを言うなら
紫苑がほんの少し口角をあげて小さく首を振った。
「私だけが蚊帳の外だった訳だ」
「お陰で作戦がうまくいったんやから結果オーライやろ」
「作戦って?」
「わしが死ねば遠山は必ず本性を現してメグの指輪を奪いにかかる。そこを捕まえるっちゅう作戦や」
「確かにその通りになったよね。敵を騙すにはまず味方からってわけか……まあ、しょうがないかな」
「辛い思いをさせたんはすまんかった。わしが死んだ思てかなり取り乱したらしいな」
ニヤニヤと近付いたゴン太の口にマカロンをぎゅうっと押し込んで、メグは軽く咳払いをした。
「えっと、そう言えばコルバは? 人間だったって聞いたけどどういうことなの」
「ゴフッゴフッ……ったく、何してくれんねん。ほんまに死んでまうやろ! コルバはな、まだ十歳の子どもや。恐らくめざめやろな。孤児院から逃げ出したところを魔法使いに拾われて、人前に出るときは魔カラスの姿をしてたらしい。面倒を見てた魔法使いが急死して、遠山に引き取られた言うてたわ」
「だから使い魔だと思いこんでたんだね」
「せや。コルバの方も、人間とわかって送り返されるのが嫌だったみたいやな」
「この部屋で闘った後、瀕死だから捨てたって課長が言ってたけど」
「あれはわしの魔法で仮死状態にしたんや。その後すぐに天空たちに保護させたで」
「この先どうなるの?」
「今は協会預かりや。魔力はもうマギアリングに封じた言うてたな。その先は本人次第やろ」
「そっか。いい魔法使いになってくれるといいのにね」
そこまで言うと、メグは残りの紅茶をごくごく飲み干した。そしてゴン太と紫苑の顔を神妙な面持ちで交互に眺めた。
「今更だけど、助けてくれてありがとうございました。今回のことで色々考えたんだけど、わたし、やっぱりオリガさんみたいな凄い魔法使いになりたい。なれるかどうかは別にして努力はしたい。だからこれからご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げ、再び顔を上げた時には照れ臭そうに笑っていた。
「お茶が無くなったからお湯沸かしてきま〜す!」
メグが部屋を出るのを見送ってから紫苑がクスリと笑った。
「ご指導ご鞭撻ですってよ。どうするの、レオ」
「困ったな」
「困ったわね」
「あの子が生まれた時、天を貫く程の光を見た時、オリガさんが言った『この子には平凡な人生を送らせたい』って言葉を叶えてあげられなくなるかもしれないわね」
「指輪に仕込んだ魔力封じのストッパーもあの日はまるで働かへんかったしな」
「そんなものを超えてしまう程の潜在能力がメグにはあるということでしょうね」
ふたりはメグを包んだエメラルドグリーンの炎を思い出していた。
「それにしても、どうしてあの時メグを止めなかったの」
「そういう紫苑かて止めへんかったやないか」
「そうね、止められなかったわ……身勝手だけど、もう一度見られるかもしれないと思ったのよ」
「わしも同じや……オリガやったな」
「ほんとに、オリガさんそのものだったわ……」
ふたりはしばらくの間、遠い過去に思いを馳せていた。
けたたましく扉が開いてメグが飛び込んできた。その後にみのりや史人、琴音と天空も続く。
「皆さん戻られました! 天空さんがフルーツサンド持ってきてくれたし、もう一度お茶にしましょ!」
「せやな」
「そうしましょう」
こうして県庁総務部魔法課では、今日も楽しいお茶会が開かれているのであった。
ー おしまい ー
魔法使いメグとデブ猫ゴン太の公務員日誌 いとうみこと @Ito-Mikoto
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