059 放っておけない白戸さん


 次の日、僕は学校で、ありとあらゆる人から質問攻めにあった。


 和真かずまはもちろんのこと、普段話さないような男子、女子、遊薙ゆうなぎさんのクラスの生徒、果ては噂を聞きつけただけの、全然関係ない人たちまで。


 もちろん、僕はとにかく疲弊した。


 そもそも、みんなは僕と遊薙さんがどうやら交際していたらしい、ということに驚いていたのだ。

 なのに当の本人は今日、遊薙さんとは昨日の昼休みがきっかけで、もう別れた、という趣旨の話をするのだから、それはもう大いに混乱したことだろう。


 あらかじめ用意していた、「告白されて、こっそり付き合っていた。僕が愛想を尽かされて、フラれた」という台詞以外、今日の僕はほとんど喋っていないと思う。


 くだらない質問もたくさんされたし、核心を突いてくる質問もあった。

 けれど、そんなものをいちいち相手にしていたら、みんなの興味を煽るだけだ。


 毎回同じことしか答えない僕に対して、みんなは少しずつではあるけれど、今日一日で確実に興味を失っていった。

 きっと、僕の返答がシンプルであり、そして妥当だったからだと思う。


 僕が遊薙さんに告白して、内緒で付き合っていたけれど、愛想を尽かされた。


 それはまさしくあり得そうな話だし、疑う余地がない。

 一体誰が、告白したのは遊薙さんの方で、別れを切り出したのは僕の方だ、なんて思うだろう。


 信じて欲しいことが、信じてもらいやすいことと一致している。

 それが唯一の、不幸中の幸いだった。


桜庭さくらばくん」


「……ん?」


 放課後、人がまばらになった教室で、白戸しらとさんが声をかけてきた。

 自分の机でぐったりしていた僕に、白戸さんは同情するような苦笑いを向ける。


「お疲れ様」


「……うん」


「大変だったね。まあ、いろいろ」


「そうだね……」


「……静乃しずのとは、もう話さないの?」


「うん。話したいことは全部、話したから」


「……そっか」


 白戸さんは僕の隣の席に座って、僕がしているのと同じように、ぼんやりと黒板を眺めた。


 もしかしたら、白戸さん目当てに遊薙さんが現れるかもしれない。

 そんなふうに思ったけれど、その気配はなかった。


「……私が、説得できてればよかったのかな」


 ポツリとこぼすように、白戸さんが言った。


「いや、君はなにも悪くないでしょ」


「悪いとは思わないけどさ。……でも、もっとうまくできたのかも」


「そう思ってくれるのは嬉しいけど、間違ってるよ。僕が馬鹿だった。そして同じくらい、遊薙さんも馬鹿だった。ただそれだけさ」


 そう、それだけ。

 他の人には、当然白戸さんにだって、なんの責任もないことだ。


 それなのにこうやって、自分を責められる白戸さんのことは、素直に凄いと思った。

 彼女はきっと、本当に遊薙さんのことが好きなんだろう。


「……私には、お馬鹿な友達を助けるくらいしかできないんだよ」


「……そうだとしても、ちゃんと助かろうとしなかった、僕らが悪いさ」


 それっきり、僕と白戸さんは言葉を交わさなかった。

 均衡を破るように立ち上がった彼女は、ただ一言「じゃあね」とだけ言って、妙にゆっくりとした足取りで教室を出て行った。



   ◆ ◆ ◆



 家で夕飯を食べ終えて、僕は部屋でぼぉっとしていた。

 何かを考えていたわけでも、本を読んでいたわけでもない。

 ただ、思い出していた。

 遊薙さんと話したことや、彼女の声や、顔を。


 いや、本当は思い出すつもりなんて、なかったんだ。

 だけど、気がついたら自然とそんな記憶が浮かんできて、僕の意識をすっかり支配してしまう。

 こんなことはあの時、中学三年生の頃、星野ほしのさんに別れを告げた、あの日以来だった。


「兄さん」


「……ノック」


 僕が言うと、少し遅れて、“コンコン”という音が無意味に響いた。

 それからドアが開き、妹の藍奈あいなが顔を覗かせる。


「……なんだよ」


 藍奈は僕の顔をまじまじ見ると、ふぅっと短く息を吐いたように見えた。


「デザートに、ちょっと良いメロンがありますよ」


「……いらない」


「今食べないと、父さんの分になってしまいますが」


「いいって」


「そうですか」


 藍奈はそう言うと、無表情にドアを閉めた。

 呑気なやつだ、と思ったけれど、今の僕にはそれくらいのやり取りの方が、かえってありがたかった。



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実は明日完結します……!

最後までお付き合いくださると嬉しいです……!

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