052 今日も来ました遊薙さん
週末、土曜日。
僕はこの日も、自室で映画を見ていた。
これが終わればノルマクリアだ。
結局紗和さんとは連絡先も交換して、進捗状況をお互いに報告し合っていた。
メッセージによると向こうもあと一本らしいので、週明けには感想を言い合えるだろう。
ところで、前に見た二本はさすが紗和さんのチョイスというだけあって、かなり僕好みの作品だった。
映画も小説も、作品の幅が広すぎるせいで人の好みが分かれやすい。
そんな中で好みが近い友達がいるというのは、かなり有利なことなのだと僕は改めて実感していた。
今見ている三本目もおもしろいし、これはまた、別のオススメも教えてもらわなければならないだろう。
僕の選んだ作品も、紗和さんが気に入ってくれていることを願うばかりだ。
「兄さん」
不意にノックの音がして、
相変わらず、僕の返事を待たずにすぐにドアを開けるところはいただけない。
僕はリモコンで映画を一時停止し、顔をそちらへ向けた。
「なに」
「
「……まさか、また
ここ最近の彼女の出没率は異常だ。
しかも、このところ遊薙さんは毎回藍奈に許可を取っているため、僕に拒否権が全くない。
「いえ、もう来てらっしゃいます」
「おい」
ついに事後報告か。
それにしても、いつのまに。
「そして、私は今日は、出かける用があります」
「へぇ。遊薙さんと?」
「違いますよ、ひとりです」
「え。じゃあ遊薙さんはどうするんだよ」
「なので、お連れしました」
藍奈はそう言って、自分の身体をスッと横にずらした。
「桜庭くーん」
現れたのは当然ながら、今日も華やかさが
なんだか、どんどんやり方が巧妙かつ強引になっている気がする。
「それでは行って参ります。おふたりとも、ごゆっくり」
「行ってらっしゃい、藍奈ちゃーん!」
「……はぁ」
もはや抗議するのも馬鹿馬鹿しい。
すっかり慣れた様子でクッションに陣取る遊薙さんを置いて、僕はひとまずリビングへ。
二人分のお茶と、ちょっとしたお菓子をお盆に載せて、部屋に戻った。
「ありがと!」
「ん」
「ごめんね、急に来ちゃって。大人しくしてるから」
「いいよ、もともと映画見る予定だったし。よければ一緒に見よう」
「ホント! やった!」
遊薙さんは実に嬉しそうにそう言うと、座っている僕のすぐ横に来て身体をくっつけてきた。
最近物分かりが良くなったとはいえ、こういうのはやっぱりやめて欲しい。
普通に、照れるから。
「ちょっと、近すぎ」
「えー、いいでしょ?」
「暑いし、窮屈でしょ。メリットがない」
「桜庭くんとくっつけるっていうメリットがあるもん」
「メリットの定義が僕とは違うみたいだ」
僕の言うことにもお構いなしで、遊薙さんはぴったりと僕の隣についていた。
どうせ距離を取ってもまた詰められるので、諦めてテレビが見やすいところに座っていることにする。
「ところで、今日はなんの用?」
と、聞いてみたけれど、大抵彼女の返答はいつも同じだ。
「桜庭くんに会いたくて!」
「最近しょっちゅう会ってるでしょ」
「もっと会いたいの!」
「僕の都合も考えて欲しいもんだ」
「だって桜庭くん、最近優しいんだもん。私が来ると、本読んでてもちゃんと映画にしてくれるし」
「それは……まあ、なんか、悪いし」
「ううん。でも嬉しい。ホントに。だからちょっと……やっぱり期待しちゃう」
「……」
返す言葉が見つからないとはこのことだ。
お茶を飲んで、なるべく頭をすっきりさせる。
本当は、良くないんだ。
こうして、遊薙さんがいるかいないかで行動を変えるというのは、僕の主義に反している。
それに何より、彼女自身が言ったように、僕のそういう行為が、遊薙さんに不要な期待を持たせてしまうことにもなる。
ただ。
「……ねぇ、桜庭くん」
「……なにさ」
「……やっぱり、私といるよりも、ひとりの時の方が楽しい……?」
「……」
ただ、僕はもう、本格的にわからなくなっていた。
遊薙さんのこんな質問にさえ、すぐに答えられない。
イエスだ。
答えはイエスに決まっている。
なのに今の僕には、たったそれだけの言葉もあっさり言えやしない。
「……もしそうだとしてもね、私、こうしてたまに一緒にいてくれるだけで、すごく幸せ」
「……」
やめてくれ、遊薙さん。
「……私、待てるよ?」
もう、なにも言わないでくれ。
「桜庭くんが私を好きになってくれるまで、ずっと待てる」
君はおかしいよ、遊薙さん。
ふたりっきりだからって、おかしくなってるんだよ。
「今のままでいい。桜庭くんの気が変わるまでは、このままでいいから」
「……」
「……だからね。私を……桜庭くんの本当の」
「遊薙さん」
彼女の言葉を遮るように、僕は言った。
言わずにはいられなかった。
いや、正確には、言わせるわけにはいかなかった。
「……映画、見たいんだけど」
「……うん」
僕はリモコンの再生ボタンを押した。
映画の音が、光が、声が、僕らの会話の邪魔をする。
僕は初めて、見ること以外の目的に映画を利用したかもしれなかった。
僕は、恋愛には向かない。
それは絶対に、間違いない。
けれど、恋愛に向かないことと、人を好きにならないことは、まったく別の話なのだ。
どうすればいいかわからない。
今の僕は、ただ自分の性格と気持ちのせめぎ合いから、目を背けて逃げているだけだった。
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