051 会議中です遊薙さん


「ちょっとぶりに‼︎ 現れた‼︎」


 有名な全国チェーンのカフェ。

 テーブルを挟んだ向かいにいる華澄かすみに、私は勢い任せに叫んでしまった。


「うるさいなぁ、なに?」


 耳を押さえて顔をしかめる華澄。

 無理もない。

 私も自分で思っていたよりずっと大きな声が出て、驚いている。


 けれど、それが今の私、遊薙ゆうなぎ静乃しずのの素直な気持ちなのかもしれない。


 っていうか、もう冷静でいられないわ!


「来たのよ! 桜庭くん狙いの女の子が! また!」


「へぇ」


「へぇ、って! なんで落ち着いてるの⁉︎ 一大事なのよ!」


「いやあ、だって、私当事者じゃないし」


「そうだけど‼︎」


 今さらそんな正論ぶつけないでよ!

 でも、華澄はそういう人よね……。

 まあ、だからこそ頼りになるんだけど。


「じゃあなに。今日は私、その愚痴のために呼ばれたの?」


「うっ……ま、まあ、言っちゃうとそういうこと、です……」


「ふぅん」


 華澄は呆れたように息を吐いて、目の前のカフェオレを少しだけ口に含んだ。


「せ、正確には愚痴じゃないもん……」


「じゃあなんなのさ」


「さ、作戦会議よ!」


「会議ねぇ……」


「だ、だって! ホントにまずいの! その子、桜庭くんの中学の頃の後輩なのよ!」


 私が言うと、華澄は意外そうな顔をした。

 やっとことの重大さに気がついてくれたみたいだ。


「なんか、部活が同じだったんだって……。桜庭くんのこと追いかけてうちの高校選んだみたいだし……。ね、ピンチだと思わない?」


「いやぁ、どんな背景があっても静乃には敵わないと思うけど」


「そ、そんなのわからないでしょ!」


「ホント、心配性だなぁ」


 今度は多めにカフェオレを飲む華澄。

 喉が枯れてきたので、私もレモンティーを飲んだ。


「そういえば、デートはどうだったの?」


「あ! そ、それは……えへへ。それはねぇ〜」


「……めんどうだから早く言って」


「いじわるー!」


「はいはい」


 相変わらずドライな子だ。

 だけど、なんだかんだちゃんと話を聞いてくれるし、変なお世辞を言ったりもしない。

 私に対等に接してくれる、唯一の女の子。

 だから私は華澄が好きで、友達になったのだ。


「聞いてください! 手! 繋ぎました!」


「え、そうなの」


「うん! しかも桜庭くんの方からだもん!」


「……いったい、どんなシチュエーションで」


「ど、どんなって……ま、まあ、いいじゃないそれは!」


 一度目は私が倒れちゃったときで、二度目は変な三人組に絡まれた時。

 確かに手を繋いだっていう表現は違うかもしれないけど、細かいことは気にしないのだ。


「もしかして、転びそうになって助けてもらっただけとか言わないよね?」


「…………」


「……ふっ」


「鼻で笑わないでよ!」


 せっかくの思い出が!

 まあ、本当のことなんだから仕方ないけどさ!


「で、でも! 私がナンパされそうになったら、助けてくれたわよ!」


「へぇ。意外と度胸あるんだね、桜庭くん」


「そうなの。もうますます好き」


 今思い出しても、あの時の桜庭くんは本当に素敵だった。


 たぶん桜庭くんは、喧嘩ではあの連中には勝てない。

 ううん、絶対負けちゃう。

 でもそれをわかったうえで、自分のできる最大限の方法で私を守ろうとしてくれた。


 もうね、好き。

 腕っ節が強くなくても、きっと桜庭くんは私を守ってくれるんだなぁって、知れたのが嬉しかった。


「しかもね! この前私がお兄ちゃんと二人で歩いてたのを勘違いして、やきもちやいてたの! もう! 可愛すぎて! 死んじゃうかと思った!」


「ふぅん、桜庭くんがねぇ」


「うん! だから、もしかしてこのままいけば、本当に両想いになれるんじゃないかなぁって。でも……」


「その子が現れた、と」


「そう‼︎ そうなの‼︎」


 思わず頭を抱えた。

 ああ、思い出すだけで嫌な気持ちになる。


「あぁーーーー‼︎ もういや‼︎ だってその子、私にこっそり『私は桜庭先輩のことが好きなので、二人っきりで帰らせてくれませんか?』って言ったのよ⁉︎ どう思う⁉︎」


「へぇ、すごいね」


「……すごいわよね」


 そう。

 あの子はきっと、ものすごく頑張ってあのセリフを言ったはずだ。


「私、普通に感心しちゃったもん……。やっぱり、自分の気持ちを素直に口にして、人に頼れるってえらいわよね……」


 もしあの子の好きな人が桜庭くんじゃなければ、私は喜んで彼女に協力したと思う。

 それくらいあの子はまっすぐで、可愛くて、健気だった。


 でも!

 今回は話が違います!

 桜庭くんだけは絶対ダメなんだから!


「……映画の趣味が合うんだって、その子と」


「それで?」


「桜庭くん映画好きだし……。でも私、桜庭くんと趣味が合うわけじゃないから……」


「ああ、そういうこと」


「やだぁ……鬱になる。どうしよう……」


「まあ、そこは仕方ないんじゃない?」


 華澄は呑気そうにそんなことを言った。

 だけど私にとっては深刻だ。


 趣味人間の桜庭くんと同じ趣味。

 それはやっぱり、ものすごく有利なことなんじゃないかと思える。

 成瀬なるせさんがその良い例で、両想いになるかどうかはともかく、やっぱり桜庭くんと仲良くなる可能性は一気に高くなると思う。


「もう仲良いんじゃないの?」


「それは言わないで!」


 的確な指摘禁止!


 それに、私だって仲良いもん!


 ……仲良い、わよね?

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