048 待っていました石ヶ森さん
僕らの中学にもここの映画部と似たような部活があり、僕と彼女はそこで先輩と後輩という関係だった。
当時、僕と紗和さんはわりと仲が良く、部活動の中でもそれなりに会話する機会も多かった。
ただ学年が一つ違うし、僕が先に高校へ進学したので、もう会うことはないと思っていた。
実際去年の一年間は、一度も彼女と顔を合わせる機会はなかったのだ。
そんな彼女が、まさか僕と同じ高校へ来て、しかも部活まで同じになっているなんて。
不思議な偶然もあるものだ。
前回ここへ来た時は、たまたま彼女と入れ違いになったのだろうか。
それにしても、中学の頃とずいぶん印象が違う。
あの頃は髪型もおさげで眼鏡も掛けていたから、もっと地味な雰囲気だった。
イメチェン、と紗和さん本人が言っているのだから、いわゆる高校デビューのようなものなのだろう。
紗和さんは顔の造形は案外はっきりしていて、美少女と言って差し支えない、と僕個人は当時から思っていた。
ほかの男子部員からアプローチを受けたという噂も聞いたことがある気がする。
そんな彼女が今では、こうして可愛らしい髪型をして、眼鏡まではずしていると、それはもう普通の美少女のようだった。
素質はあったけれど、それがやっと磨かれた、ということなのかもしれない。
まあ、さすがに
「桜庭先輩、寂しかったです。どうしてもっと早く来てくれなかったんですか? せっかく同じ部活になれたのに……」
「いや、そもそも僕は君がいること知らなかったし。高校が同じだってことすら、今初めて知ったよ」
「もう! 冷たいですねぇ桜庭先輩は」
「僕、前からこんな感じでしょ」
「うーん、まあたしかに」
紗和さんは目を細めてクスクスと笑った。
やっぱり、笑い方は以前の紗和さんのままだ。
外見はすぐに変わっても、中身はそうそう変わったりはしないのだろう。
「でもよかったぁ、会えて。私、桜庭先輩を追いかけてこの学校に来たんですよ? 部活だって、先輩がいるだろうと思って決めたんですから」
「相変わらず大袈裟だね、紗和さんは」
「大袈裟じゃないですよぉ!」
紗和さんは怒ったように両手をブンブン振っていた。
こんな仕草も変わっていない。
紗和さんはどういうわけか、中学の頃からすごく僕を慕ってくれていた。
というか、懐いてくれていた。
一年会っていなかったのに、こうして親しく話してくれるのは素直に嬉しいことだ。
まあ、とは言ってもただの部活の先輩後輩なので、追いかけて高校を選んだ、というところは彼女なりの社交辞令だろう。
「ところで、紗和さんは映画見ないの? もうけっこう進んでるよ」
「見たことあるんです、これ。あんまり好みじゃなかったので、リピートはもういいかなぁって」
「そっか。僕も全く同じ状況」
「ふふ。やっぱりそうですよね」
僕と紗和さんが仲良くなったのは、ひとえに映画の趣味が合ったのが原因だった。
中学の頃は、何度も互いにオススメを教え合った。
その度に僕らは、この作品のどこが良かったとか、でもここは良くなかったとか、そんなことを話して盛り上がっていた。
そういう意味では、僕にとって紗和さんは、ちゃんと話の合う数少ない趣味友達だったと言える。
そんな彼女とまた同じ集団に入ることになったのは、かなり嬉しいことかもしれなかった。
「帰ろうと思ってたんですけど、先輩が来てくれたから、もうちょっといることにします!」
「いや、僕はもう帰るよ」
「え、じゃあ一緒に帰りましょう!」
「……まあ、いいけど」
「やったぁ!」
何がそんなに嬉しいやら。
おっと、一応遊薙さんにも連絡を入れておこうか。
後で何か言われても嫌だしね。
僕はスマホを出して、遊薙さんに『先に帰るから』とだけメッセージを送っておいた。
これで、わーわー言われることもないだろう。
それに、見たところ遊薙さんは映画に集中しているみたいだから、僕が帰ると言ってもついてこないはずだ。
「じゃあ、行こうか」
「はい! わーい!」
紗和さんと二人、並んで静かにドアを開ける。
途中入場も退出も自由なのが、やっぱり気楽で良い。
昇降口を目指して階段を降りる。
しかし一階に辿り着いたあたりで、背後から声を掛けられた。
「桜庭くん!」
遊薙さんだった。
走って追いかけてきたようで、肩で息をしている。
「ちょっと! なんで先に帰っちゃう……」
遊薙さんはそう言いながら、言葉の途中で僕の隣に視線を移した。
紗和さんと目が合った途端、遊薙さんの視線に敵意が混じる。
なんだかこのパターンは、身に覚えがあるような気がする。
「……誰? その子」
なぜだか僕は、無意識のうちに彼女への言い訳を考えてしまっていた。
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遅れてしまい申し訳ありません!
残り二回は予定通り17時と22時に更新します!
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