047 入っていました桜庭くん
あの日からというもの、
くっつく、といっても、もちろん物理的に身体を寄せてくるわけではない。
……いや、少しだけそれもあるかもしないけれど。
とにかく、会いに来る頻度が高い。
昼休みには毎日うちの教室に現れるし、授業間の10分休みにも、しょっちゅう訪ねてくる。
大抵は
放課後に会いたいと言う回数も増え、週末などは二週連続で僕の家へ訪ねてきた。
うちに来た遊薙さんは、藍奈と話していることもあるとはいえ、基本的には僕の部屋にいる。
そして以前みたいに僕と映画を見ることもあれば、自分のスマホで漫画を読んでいたりもする。
とにかく、僕にとっては「べったり」という言葉がしっくりくるくらいに、彼女はずっと僕のそばにいた。
そしてなぜか、僕もそんな遊薙さんを明確に拒絶することができず、この状況を甘んじて受け入れてしまっている。
それを見てさらに気を良くした彼女が、また僕に構ってきて……。
と、まあそんなわけで、ここ半月ほどは大変落ち着かない期間が続いていたのだった。
そして、そんなある日。
『今日も放課後会いたい!』
『今日はダメ』
『なんで!』
『映画部に行くから』
『映画部?』
メッセージでのやりとりにも構わず、遊薙さんは放課後にまた、うちの教室にやってきた。
相変わらず、強引な人だ。
「桜庭くん、映画部だったの?」
「一応ね。入ってればタダで映画見られるし、特に活動規則とかも厳しくないから」
しかも映画部には部費も必要ないし、実質幽霊部員になっている人もそこそこいるので、僕みたいな人間でも籍を置きやすかった。
実は去年から入っていたのだけれど、今年はほとんど顔を出していない。
今日は久しぶりに覗いてみて、いい作品を上映していたら見て行こうかなと、その程度の気持ちだ。
「えー! 私も行きたい!」
「君、部員じゃないだろ」
僕もほとんど部外者みたいなものだけど。
「映画部には友達がいるもん」
「それを言ったら、君は全部の部活に友達がいそうだ」
「うーん、たしかにそうかも」
否定しないとは、さすがは人気者の遊薙さん。
まあ、僕も冗談で言ったわけじゃないけど。
「ってことで、私も行く!」
「まあ、べつにいいんじゃない? それじゃあね」
「なんで! 一緒に行くの!」
「えぇ……」
遊薙さんと二人で行ったりなんかしたら、また変な視線に晒されないだろうか。
こんな時のために彼女との友達関係を周囲に認知させているとは言え、さすがにこれはなぁ。
しかし、遊薙さんはもうやる気充分という様子だった。
目的地も向かうタイミングも同じで、しかも友達なのだから、一緒に行くのが自然、ではあるけれど……。
「……わかったよ。でも、部室に入る時は別々ね。よろしく」
「はーい!」
やれやれ。
まあ部室といっても、映画部の活動場所は放課後の視聴覚室だ。
スクリーンがあるただの大きい教室なので、そんなに目立つこともないだろう。
少なくとも僕は。
端っこの方で映画を見て、気が済んだら帰ることにしよう。
◆ ◆ ◆
それにしても、久しぶりだ。
二年生になってすぐの頃に一度来たっきりかもしれない。
廊下から見た視聴覚室は照明が落とされ、窓に幕が掛けられていた。
スクリーンは教室の前にあるので、入る時は後ろか、中腹のドアからだ。
僕は後ろ、遊薙さんは真ん中のドアから、少しだけタイミングをずらして入る。
中は思った通りかなり暗く、前方のスクリーンのそばに20人程度が集まっていた。
後ろの席に座っている人もちらほらいる。
遊薙さんはすぐに友達を見つけたらしく、そちらに駆け寄って愛想よく言葉を交わしていた。
そのままその人の隣に座り、あっさりと溶け込んでしまう。
うーん、やっぱり人気者はすごい。
けれど、思ったよりも部員数が多いな。
もしかすると、新入生がたくさん入ったのかもしれない。
僕は新入生お披露目会には当然のように出席していないので、どれくらいの人数が入ったのか知らないのだ。
後ろの方からぼんやりとスクリーンを眺める。
三年生がプロジェクターを操作しており、上映開始が近いことがわかった。
上映する作品は、大抵は部員の持ち込みか、投票で決まる。
べつに、見たくない人は見なくてもいい。
見たあとはみんなで作品のことを話して、自由解散。
これが映画部の活動のほとんど全てだ。
なにも自分たちで作品を撮ったり、小難しい映画史について勉強したりしているわけではない。
まあ、そのゆるいところが、僕も気に入ったんだけれど。
スクリーンに映像が流れ、タイトルが表示される。
と……残念、この作品は見たことがある。
しかも、イマイチだった。
もう一度見るほどのモチベーションはないので、さっさと帰ることにする。
友達と一緒にいる遊薙さんはどうやら見るつもりらしいので、悪いけど置いていくとしよう。
「桜庭先輩!」
「ん?」
突然声を掛けられて、僕はそちらへ顔を向けた。
小さくとも叫んでいるのがわかるような、少し特長的な声。
僕はなぜだか、その声に聞き覚えがあった。
「お久しぶりです! やっと会えました!」
「……えっと」
立っていたのは少し長めのボブカットを揺らす女の子だった。
ただ、声は知っているのに、名前が出てこない。
というか、顔に見覚えがないような……あるような……?
「
「……あ、ああ。え、紗和さん? なんか、イメージ変わった?」
「えへへ。高校生になったので、ちょっとイメチェンしました」
そう言って照れたように笑うその女の子は、たしかに紛れもなく紗和さんだった。
高校、同じだったのか。
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