046 あれ、もしかして桜庭くん


 桜庭さくらばくんとデートをした、その翌週の火曜日。


 私はまたメッセージでお願いして、桜庭くんと放課後の教室でお喋りをしていた。


「あーあ、もっとデートの写真、いっぱい撮っとけばよかったなぁ」


「……」


「でも楽しかったから、またどこか行けばいいわよね。ね!」


「……そうだね」


「……」


 前のデートではいろいろなことがあった。

 なんだか最後の観覧車では、ちょっと微妙な感じになってしまったけれど。


 でも桜庭くんと初めて手を繋げたり、守ってもらったり、桜庭くんがやっぱり優しいんだってことがわかって、すごく素敵なデートだった。

 それは間違いない。


 間違いない、はずなんだけど……。


「……」


「……」


 なぜか、今日は桜庭くんの雰囲気が暗い……!

 というか、ちょっと怖い!

 え、なんで?

 私、何かしたのかしら……。


 だけど、昨日は一度も会えてないし、今日だって会うのは今が初めてで……。


 どうして……?


「さ、桜庭くん? その……なにかあった?」


「……いや」


 ……ダメだ。


 桜庭くんは窓際の自分の席に座って、ぼーっと外の景色を見ていた。

 夕陽が彼の白い肌を照らして、なんだか幻想的な色彩を生んでいる。


 うぅん、しかめっ面の桜庭くんもカッコいい……。

 じゃなくて!


「ねぇ、どうしたの? いつも大人しいけど、今日ほどじゃないでしょ?」


「……そうかな」


 そうでしょ!

 桜庭くんはクールだしテンション低めだけど、それでもうっすら笑ったり呆れたりしてくれるもん!

 そして、その顔がものすごく素敵、大好き。


 特に最近はどんどん仲良くなってきて、桜庭くんの私の扱いも優しくなってきてたのに……今日はなに⁉︎


「さ、桜庭くぅん……もう降参。どうしたの? 教えて……」


 私は勇気を出して、座っている桜庭くんの正面に移動した。

 机に両肘を置いて、桜庭くんの顔を下から見上げる。


 せっかく仲良くなれたのに、よくわからないことで気まずくなるのはいやだ。

 もちろん、私に原因があるわけじゃないかもしれないけれど、それなら桜庭くんが落ち込んでる原因を、私も聞いてあげたい。

 それから、できることなら力になれればいいな。


「……」


「……遊薙ゆうなぎさん、僕に何か隠してることない?」


「……えっ」


 か、隠してること……。


 そんなの……いっぱいある‼︎


 え……でも、どれ?

 御倉みくらさんとの約束のメッセージを勝手に見たこと?

 桜庭くんのまくらの匂いをこっそり嗅いだこと?

 藍奈あいなちゃんに桜庭くんの浴衣写真もらっちゃったこと?

 いったい、どれなの⁉︎


 あぁ……心当たりがあり過ぎる……。

 でも、たぶんどれかひとつ……よね?

 え、どうしよう……!

 下手に白状して、もし全然違うこと言っちゃったら!

 無駄に墓穴を掘ることに!


「……」


「……」


 でも桜庭くん怒ってる……!

 なに? え、隠してたらもしかして、嫌われちゃう……?

 だけど、打ち明けたらそれはそれで嫌われちゃうかもだし……。

 ど、どうしよう……。


「……あ、あの……」


「……」


 結局なにも言えずにいる私を、桜庭くんはなんだか辛そうな顔で見下ろした。


 ごめん、桜庭くん……!

 私には白状する勇気が……。


 けれど桜庭くんは、私のことをしばらく見つめたあと、ふっと表情を柔らかくして、言った。


「いや、なに、その……べつに、怒ってるとかじゃないんだよ」


「……桜庭くん?」


 不思議だった。

 桜庭くんがこんなふうに何かを言い淀むなんて、今まであまりなかったから。


「……ただ、べつに僕に隠れなくたって、堂々と言ってくれれば、僕だってまあ、納得するし……」


「えっ……」


 ……な、なに?

 つまりどういうことなの⁉︎


 だ、ダメだ……これじゃあ、いつまで経っても桜庭くんがなにを言いたいのか、わからないまま……。


 ここは覚悟を決めて、言うしか……ない!


「あ、あの、桜庭くん……」


「……なに?」


「そのぅ……正直に言いますと……心当たりがいくつかあるというか……秘密がたくさんあるというか……」


「え」


「で、でもですね……桜庭くんが気づいてしまったこと以外は、できれば隠しておきたいので……な、なにがあったのか教えてもらえないでしょうか……」


 言ってから、私は机に置いていた腕に顔を伏せて、ただ神様に祈った。

 なにをお願いしていいのかはわからないけれど、とにかく恥ずかしさと不安でいっぱいになっていた。


「……」


「……昨日」


 き……昨日?


「……駅前のショッピングモールにいたよね」


 え……。


「う、うん、いた! え、なんで知ってるの?」


 たしかに、昨日は駅前に買い物に行った。

 でも、どうして桜庭くんがそれを……?


「……じゃあその時、男の人と一緒だったでしょ」


 そう言った桜庭くんは、なんだか悲しんでいるような、恥ずかしがっているような、怒っているような、とにかく、ものすごくかわいい顔をしていた。


 桜庭くん……もしかして……?


「いや、さっきも言ったけど、べつにいいんだよ僕は。ただ、そういう行為自体は君の品位を下げてしまうというか、そうならそうと言ってくれれば、僕との関係はあっさり切れるわけだし、なにもそんな隠れる必要は」


「桜庭くん!」


「……」


「違う! 違うの! それね、この人!」


 桜庭くんに、スマホの画面を見せた。

 メッセージアプリに登録されている連絡先、その『家族』フォルダの中のひとり。

 顔写真と、名前。


「遊薙奏汰かなた! 私のお兄ちゃん!」


「……は?」


 桜庭くんは気の抜けたような声で、短くそう言った。

 口をぱくぱく、目をぱちくりさせながら、しばらく黙っている。


 桜庭くんには言っていなかったけれど、私には兄がいる。

 私と同じ両親から生まれているだけあってイケメンだけど、あんまり社交的ではなくて、でも妹の私とはとても仲が良い、そんな兄。


 そして昨日は、大学帰りのお兄ちゃんと駅でばったり会って、そのまま買い物に付き合ってもらった。

 きっと桜庭くんはそれを見たんだ……!


「……遊薙さん、今日のこと、忘れて」


「……やだ」


「忘れて! なんか、もう、こんなの……うわぁ……」


 桜庭くんは頭を抱えて、そのまま机に突っ伏してしまった。

 いつも落ち着いてる桜庭くんが、こんなにうろたえてる。

 その理由は、きっと……。


「もしかして桜庭くん……やきもち?」


「……違うよ」


「うそ!」


「違う! ただ、もし他に好きな人が出来たなら、僕とは早く別れるべきだって、そう思っただけ! 浮気なんてせず!」


「他に好きな人なんていないわよ! 別れない! ねえ、ホントに嫉妬じゃないの? ホントに?」


「あぁもううるさいな! この話終わり!」


「桜庭くぅん! ねーぇ!」


「やーめーろー!」


 それから私たちは、しばらく子供みたいに叫び合って、怒ったり笑ったりした。

 

 桜庭くんがやきもちをやいてくれた。

 それが、本当にどうしようもなく、嬉しくて。


 そんなことされたら、期待してしまう。

 きっと桜庭くんは、「やめて」って言うだろうけれど、でも、無理だ。


 好き、桜庭くん。

 大好き。


 また、明日からも頑張れる。

 それから、今度からはちゃんと、変な誤解させないように気をつけなきゃね。


「もう帰る!」


「えー。あ! じゃあ、今日は桜庭くんと買い物してあげる!」


「いらない」


「もう、照れなくていいのに!」


「照れてない。帰る」


「あーん、桜庭くぅん!」


 でも、たまには妬いてもらうのもいいかも。


 ……なんてね。

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