045 勘の鋭い?桜庭くん


 週が明けて、月曜日。


 とは言っても、学校生活はいつも通り何事もなく終わり、僕は下校途中に映画館へ寄った。

 今日は遊薙さんに呼び出されることもなかったので、いい気分転換になると思ったのだ。


 先週末は、さすがにいろいろなことがあり過ぎた。

 考えることも多かったし、結局頭の中もスッキリしないまま。


 こんな時は、好きなことに没頭するに限る。

 まあ、昨日はその好きなことである読書すらできなかったのだけれど、さすがに映画館で見る映画には集中できるだろう。


 いつも使っている駅前の映画館に着くと、僕は上映している映画から適当に選んでチケットを買った。

 最近はあまりやっていなかったけれど、こういう映画の見方も僕はけっこう好きなのだ。


 シアターに入り、座席に座って、無心で映画を見た。

 およそ二時間、僕はすっかり私生活のことを忘れることができて、見終わったときにはずいぶんと気分が軽くなっていた。


 やっぱり、映画はいい。

 視界を覆う大きなスクリーンと、映画館という非日常な雰囲気が没入感を限界まで高めてくれる。

 今回の作品がおもしろかったかどうかはともかく、かなりリフレッシュはできたと思う。


 さて、帰ろう。

 今の精神状態なら、またそのうち良い考えが浮かぶだろう。


「……ん?」


 ふと、見覚えのある人影が視界を横切ったような気がして、僕は反射的に足を止めた。

 背中を追うように視線を動かす。


 と、そこには。


「……遊薙ゆうなぎさん……と?」


 彼女を見間違えるはずはない。

 なにせ遊薙さんはとびきりの美人で、華やかさが普通の人とは別格なのだ。


 ただ、その遊薙さんの隣には、見知らぬ男の姿があった。


 途端、僕はなぜだかサッと身体を物陰に隠してしまった。

 こちらには気づいていないらしい。


 若い、けれど落ち着いた雰囲気のある、かなりのイケメンだった。

 遊薙さんとその男はとても親しそうな様子で笑い合い、肩がぶつかるような距離感で並んで歩いていた。

 時折、遊薙さんが彼の肩に手を置いたり、腕を触ったりしているのが見えた。


 二人はそのままショッピングモールへ入って行き、すぐに見えなくなった。


 なんだ、あれは。


 頭の中に、渦巻のようなものが生まれるのがわかった。

 思考がまとまらなくなって、視界がぐにゃりと歪むような気分になる。


「……」


 何度か、深めの息をする。


 遊薙さんは顔がとても広い。

 どんな人と友達で、その相手とどんな関係を築いているか、僕はもちろん知らない。

 知ろうともしてこなかったし、特別知りたいとも思わなかった。


 だから、まあ、こんなことがあっても不思議ではないのだろう。


「……」


 ……いや、違うな。


 そんな理屈をいくら並べたって、自分の直感は騙せない。

 無理やり自分を言い聞かせたりしなくても、僕にはもうわかっていた。


 そう考えるのが何より妥当だ。

 いいじゃないか、もともと、それが僕の望みだったわけだし。


「……ふぅ」


 手間が省けた、ということなのだろう。

 ただ少し、思っていた展開と違うだけ。

 思っていたよりも、なぜだか少し心が痛むだけだ。


 僕はくるりと向きを変えて、そのまま帰路についた。


 せっかく気分転換できたと思ったのに。


 まあいい。

 帰ってゆっくり寝よう。

 きっと今日は、遊薙さんからのメッセージも来ることはないだろうから。



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