049 また挟まれる桜庭くん
後輩の女の子に向ける顔じゃない。
まるで敵を視線だけで殺そうとしているかのような目つきだ。
今さらだけれど、遊薙さんほどの美人がこういう顔をすると、それはもうとてつもなく綺麗で、そして怖い。
前に
遊薙さんは顔が広くて、誰とでも仲が良い。
けれど、時折こうして敵意を剥き出しにする相手がいる。
さすがの彼女でも、やっぱり合わない人間というのは存在するらしい。
……なんて、とぼけたことはもうさすがに言っていられない。
要するに彼女は、僕とある程度親しそうな女の子と出会ったとき、ああいう目をするのだ。
いくら鈍い僕にだって、もうそれくらいわかる。
それはきっと、嫉妬という感情だ。
恋愛における嫉妬は、以前の僕にはよくわからなかった。
けれど、ちょっと最近、もしかしたらわかったかもしれない出来事があって……。
いや、この話は置いておこう。
しかし、紗和さんはあくまでただの後輩だ。
親しいとは言っても、それは単に僕との友人関係が長いというだけ。
ここを遊薙さんにはうまくわかって欲しいところだけれど、なんと言ったものか。
「……はじめまして。
僕が答えるより先に、紗和さんが一歩前に歩み出て言った。
なんとなくだけれど、紗和さんの声のトーンがさっきより下がっている気がする。
念のため、変な誤解を与えないように僕から説明しておこう。
「中学の頃の後輩だよ。その時から部活が同じで、さっきたまたま会ったんだ」
「……そう」
遊薙さんは僕を見なかった。
「……二年生の遊薙
「失礼ですが、桜庭先輩とはどういったご関係でしょうか」
紗和さんが尋ねた。
二人とも、なぜか僕を見ないでいる。
向かい合ってピクリとも動かないあたり、ちょっと張り詰めた空気を感じてしまう。
「こっ……友達ですけど」
おいおい、今まさか『恋人』って言おうとしたんじゃないだろうね……。
「あ、ああ! お友達でしたか! すみません、私なんだか、勘違いしちゃったみたいで……!」
「へっ? あ、え、えぇ……ううん、気にしないで」
二人の間に、なんだかおかしな空気が流れた。
というより、遊薙さんがまるで変なものでも見たかのように目を丸くして、おまけに首まで傾げている。
理由はわからないけれど、良くない雰囲気は消え去った……のだろうか?
まあいい。
あまり気にしても仕方がないだろう。
「それで、どうしたの。遊薙さん」
「あ、そうだ! 桜庭くんが先に帰っちゃおうとするから、追いかけて来たの! 映画見ないの?」
「見たことあるやつだったから、今日はもういいかなって」
「じゃあ私も帰る!」
「友達はどうするのさ」
「いいの!」
いいのかなぁ。
遊薙さんはそう言ってから、こちらへ向かって一歩踏み出した。
けれどその時、急に紗和さんが声を上げた。
「あ!」
驚いて固まる僕と遊薙さん。
そんな僕らを尻目に、紗和さんは遊薙さんのところに駆け寄って、耳元でなにやら囁いている。
当然、僕のところまではその声は聞こえない。
しばらく見ていると、遊薙さんは突然怖い顔になった。
でもすぐに苦笑いになって、最後には作ったような固い笑顔になる。
なんだろう、いったい。
紗和さんがこっちにトコトコと戻ってきて、今度は僕に笑顔を向けた。
「それじゃあ桜庭先輩、帰りましょう!」
「あれ。遊薙さんは?」
「遊薙先輩はまだ残るそうです!」
「え、そうなの?」
遊薙さんは否定も肯定もせず、張り付いた笑顔を崩さなかった。
よく見ると、額に汗をかいているようにも見える。
「……まあ、そういうことなら」
「はい! それでは、さようなら、遊薙先輩!」
紗和さんに促されて、僕らは二人で昇降口へ。
なんだか不思議なことばかりだけれど、今回はさすがに、考えたってわからなさそうだ。
今度遊薙さんに、紗和さんになんて言われたのか、聞いてみるとしようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます