042 答えられない桜庭くん
やっとのことで落ち着いた
こちらは列もほとんどなく、すぐに順番が来る。
僕らは向かい合って、けれどふたりとも外の景色を眺めながら、黙って座っていた。
二人ともまだ、会話をするには心の中がまとまり切っていなかったのかもしれない。
僕はともかく、遊薙さんの方はきっと、そうなんじゃないかと思った。
「……」
「……」
思えば観覧車というのは、変な乗り物だ。
楽しみ方が、完全に乗る側に託されるというか。
高いところにいるという非日常感や、そこから見える景色を楽しむ人もいれば、この密室空間自体に意味を見出す人もいる。
そうかと思えば、特になにも考えず、ただ遊園地の最後に記念として乗る人もいるだろう。
とにかく観覧車というのは、少し他のアトラクションとは感じが違うように、僕には思えた。
ちらと見た遊薙さんの横顔は、赤い夕焼けに照らされて本当に綺麗だった。
マスクも、今はしていない。
揺れている瞳も、薄い唇も、凛々しい鼻筋も。
全てがとにかく美しくて、彼女が本当にとんでもない美少女なのだということを、僕は改めて実感した。
『どう見ても釣り合わねぇじゃん、お前なんかじゃ』
ああ、その通りだよ。
そのうえ、僕にはやっぱり恋愛は向いていない。
だから僕らは、一緒にいるべきじゃない。
一緒になるべきじゃないんだ。
……でも、だったらどうして、僕はあのとき怒ったんだろうか。
「ねえ、
観覧車がちょうどてっぺんに来たあたりで、不意に遊薙さんが言った。
「隣、行ってもいい?」
正面から見た彼女の顔は、横顔にも増して綺麗だった。
もうさっきまでの憂いの混じった表情は無くて、ただ悪戯っぽい、無邪気な笑顔だけがそこにはあった。
「え、いやだ」
「おねがいー!」
「ああもう、はいはい、わかったよ」
「やった! えへへ!」
ぴょんと跳ねるように場所を移動して、遊薙さんが僕の隣に座った。
彼女はもう外を見ず、僕の目をまっすぐ見つめていた。
ふと、遊薙さんは座席に置いていた僕の手を、触れるように握った。
「……なにしてるんだよ」
「……だって、高いところ怖いんだもん」
「さっきまで平気だったろ」
「今は怖いの!」
「……あっそ」
また、しばらく黙っていた。
けれど今度は、なぜだか僕らはお互いの顔を見つめて、困った顔をしたり、笑ったりなんかもしなかった。
「……ねえ、桜庭くん」
「ん」
「私ね、実は今日のデート、ちょっと心配だったんだ」
「……どうして」
「デートできる! っていうのはホントに嬉しかったんだけどね。でも遊園地でデートしたカップルって、別れやすくなるって聞くから……」
ぎくっ……。
「へ、へぇ……そうなんだ」
ま、まさか遊薙さんまで知っていたとは……。
けっこう有名な都市伝説なのだろうか……。
「でもね、それって、長時間列に並んでると会話が続かなかったり、お互いに疲れてイライラして、本性が出たり気遣いができなくなったりするからなんだって」
「ふ、ふぅん……」
そ、そういうことだったのか……!
なんだよ和真のやつ、都市伝説とか言ってたくせに……!
そんなまともな理屈があるなら、僕はこんな……。
こんな……。
「だけど桜庭くんは、イライラもしなかったし、時間を潰すためにいろいろ考えてきてくれてたでしょ?」
「う、うん……まあ、いや、そうかな?」
「それに、私が危なくなっても、ちゃんと助けてくれたし……。だから、やっぱり桜庭くんは、素敵だなって思った! それだけ! ごめん!」
「……そうですか」
遊薙さんは照れたように言うと、繋いだ手に視線を流すように顔を伏せた。
完全に、失敗した……。
待ち時間にお互い退屈しないように、とか、イライラするのはお互い様だし、とか、たしかに僕はそんなことを今日、ずっと考えていた。
だけどそれは、遊園地に行くとなれば当然予測できることだし、普通のことなんじゃないかと……。
遊薙さんを助けたことは仕方ない。
それは絶対に、僕の行動が正しい。
でも、それ以外がまさか裏目に出るなんて……。
ひょっとして、
だから僕が都市伝説だって言ったとき、妙な反応をしてたんじゃ……。
つまり白戸さんは、やっぱり遊薙さんの味方だったってことか……。
観覧車はいつの間にか、もうほとんど地上まで近づいていた。
これで、この長かったデートも終わりか。
そう思ったとき。
「……ねぇ、桜庭くん」
「……なに」
「もしね! ……もしもだけど」
「……」
「ホントにもし……絶対に誰か、女の子と付き合わないといけない、ってなったら……どうする?」
遊薙さんは、こんなに近くにいるのに、ギリギリ聞こえるくらいの
「……なに、その質問」
僕はこの時、今日初めて、自分が何かに対してイライラするのがわかった。
遊薙さんに絡んできた男たちにも感じなかったような、怒りとは違う苛立ちだった。
「あの……だからね」
「意味がわからない。どうして僕が、そんな仮定の話、考えないといけないんだよ」
しまった、と思った。
でも同時に、彼女にも責任がある、とも思った。
遊薙さんは「あ……ご、ごめん……」とだけ言って、また俯いてしまった。
僕はバツの悪さを誤魔化すように早めに立ち上がって、観覧車のドアが開くのを待った。
観覧車の進む速度がやけに遅く感じられて、僕はまたイライラしていた。
「……」
いや、違う。
きっと僕は、自分に腹が立っていたんだ。
あんな質問に即答できない自分の情けなさに、腹が立って、恥ずかしくて、仕方がなかったんだ。
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明日も今日と同じスケジュールで更新する予定です!
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