040 しっかりしなさい桜庭くん


「……」


「さ、桜庭さくらばくん……大丈夫?」


 いくつかのアトラクションを回って、夕方。

 僕たちはベンチに座って休憩を取っていた。

 僕たち、というか、おもに僕の方だけれど。


「……大丈夫じゃない」


「顔色悪いもんね……どうしよう」


 べつに、疲れた、というわけじゃなかった。

 ただ、ついさっき乗ったアトラクションが、とにかく苦手だったのだ。


「気持ち悪い……胃の中が……」


 ひたすら座席が上下するタワーのようなアトラクションで、僕は地上数十メートルと数メートルを、何度も行ったり来たりさせられた。

 高いところも速いのもそんなに怖くないから平気だと思っていたのに、まさか身体の方がダメだとは……。


「食べてからすぐに乗るもんじゃなかったね……ごめん」


「いや、遊薙ゆうなぎさんのせいでは……」


 そのアトラクションに並ぶ前、僕らはまた小腹が空いたので、たこ焼きを分け合って食べた。

 約束通り遊薙さんが代金を支払ってくれたけれど、こんなことになるなんて……。


「私いつもなんともないから、すっかり忘れてた……」


「いいよ……自分で気づかなかった僕が悪いから」


 僕がそう言っても、遊薙さんはしょんぼりと俯いてしまった。

 罪悪感はあるけれど、だからと言って体調が良くなるわけではない。

 しばらく休まないと、本気で吐きそうだ。


「ごめん、ちょっと横になってもいい?」


「え、うん! いいよ!」


 遊薙さんには悪いけど、本格的に休ませてもらおう。

 ベンチに身体を横たえて、自分の腕を枕にする。

 ううん、寝心地は大変よくないけれど、さっきよりは気分がマシだ。


「……遊薙さん、荷物見とくから、どこか行ってきてもいいよ?」


「ううん。私も休憩。それに、一緒にいたいし」


「……そう」


 まあ、10分くらいゆっくりすれば復活するだろう。

 立ちっぱなしだったし、ちょうどいいのかもしれない。


「……いてて」


「……寝にくい?」


「まあ、さすがにね。仕方ないけど」


 そもそもベンチで寝ようという方が間違っているんだ。

 贅沢は言ってられない。


「……桜庭くーん」


「なに?」


「……どうぞ」


「……ん?」


 見ると、遊薙さんは自分の膝をピチッと揃えて、両手のひらでその膝を指し示していた。


「……なに」


「ひ、膝枕! 今ならなんと、無料です……!」


「……遠慮しとく」


「な、なんで!」


「いや、だって……」


 公衆の面前で膝枕なんて、まるで俗に言うバカップルみたいじゃないか……。

 それに、今日の遊薙さんはショートパンツ。

 差し出されている膝というのは、もう本当に、生膝だ。

 そんなところに頭を乗せるなんて、色んな意味でできない。


「ということで、いやだ」


「もう! いいじゃない、気にしなくて!」


「気にするでしょ、そりゃ」


「こらー!」


 遊薙さんはそんなふうに叫んで、無理やり僕の頭の下に膝を入れてしまった。

 抵抗しようにも、あんまり頭を動かすと気持ち悪いし、両手で頭を押さえられていて逃げ出せない。


「はい。大人しくしてて」


「……酷いなぁ」


 ただ、遊薙さんの膝は大変に柔らかくて、高さもちょうどよく、とても寝心地がいいのは間違いなかった。

 さっきまでと比べても、ずいぶんと気分が楽だ。

 僕は早々に観念して、この状況に甘んじることを決めてしまった。


「ね、いい感じでしょ?」


「……まあ」


「……」


「……」


「……ちょっと。髪触らないでくれない?」


「えー、いいじゃない。少し撫でるくらい」


「撫でるのも掴むのもだめ」


「やだー。彼女の特権だもん」


 そんな特権はない。

 と、反論しようとしたけれど、どう考えても状況は僕に不利なので諦めてしまった。

 今さら髪を触るのだけ拒んでも変わらない気がするし、なによりあんまり喋ると気持ち悪い。


 僕は目を閉じて、気分が回復するのをひたすら待つことにした。

 たぶん、動悸がするのもあのアトラクションのせいだろう。


 決して、今のシチュエーションとか、遊薙さんの匂いとか、膝の感触とか、そういうものにドキドキしているわけじゃない。

 普通に考えて、違う。

 違うったら違うんだよ。



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突然ですが、本日から1日3話更新を開始いたします。

残りの更新は17時、22時を予定しています。


詳しくは

https://kakuyomu.jp/users/maromi_maroyaka/news/1177354054896243178

をご覧ください。

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