039 悶えています遊薙さん


 やばい。


 遊園地内のベンチに腰掛けながら、私は思わず両手で顔を覆った。


「……」


 桜庭くんが、優しすぎてつらい。


 あぁーーー‼︎

 なに? なにあれ?

 電車では椅子譲ってくれようとするし、待ち時間のこととかも気にしてくれてるし!

 今だって、食べ物買いに行ってくれてるし!


 ああ、もう、ダメだ。


 しかも、しかもですよ!


「……ぶはっ!」


 思いだすとまた顔が熱くなる。

 まさか最初の乗り物からこんなラッキーアクシデントがあるなんて……!


 手を、繋いでしまった。

 ついに。


 何度かおねだりしてもダメだったのに!

 転びかけてよかった!

 初めて手を繋ぐ時まで優しいし!

 それに、ちょっと強引なところも素敵!

 好き! 桜庭くんもう好きすぎ!


 もっと言えば、そもそも眼鏡の桜庭くんが思った以上にカッコいい……。

 あれで紳士なんだもん! そりゃモテるわ!

 ああ! もうどこかへ閉じ込めておきたい……。


 しかもしかも、電車で眼鏡掛けた時も「かわいい」って言ってくれたし……。


 はぁーーー‼︎

 もう無理!

 たぶん明日からもの凄い不運が続くのよ、私。

 そうじゃないと幸せのバランスがおかしいもん!


「おまたせ」


「は、はいっ!」


 突然の声に顔を上げると、桜庭くんがチュロスと飲み物を持って立っていた。

 ひとりで持つのが大変そうなので、急いで自分の方を受け取る。


「ありがと桜庭くん! いくらだった?」


「いいよそれくらい。僕が誘ったデートだから、僕が出しとく」


 きゅーーーん!

 『僕が誘ったデートだから』……!

 ああ、なんて甘い響き……。


 まあでもね、やっぱりお金のことは別問題ですよ。


「ダメ。彼女なんだから、ちゃんと出す」


「いいってば」


「だーめー!」


「……じゃあ、次に何か買う時は遊薙さんに出してもらうよ。それでいいだろ」


「わかった、そうする!」


 桜庭くんが納得してくれたので、これで安心してチュロスが食べられる。

 彼氏に食べ物のお金を払わせる彼女にはなりたくないのだ、私は。

 それに、まだ高校生だしね。


「次はあっち! 乗りたい奴があるの!」


 ジュースとチュロスを持って、私たちは園内を移動した。

 チュロスを食べたり飲み物を飲んだりするときは、桜庭くんも申し訳なさそうに、私がマスクをはずすのを許してくれた。


 次に並んだのは、水の上を移動するコースターが高いところから落ちる、いわゆる急流すべり。

 こっちも人気のアトラクションらしくて、待ち時間は50分くらいだ。


「これ、濡れるんじゃないの」


「濡れるよー。タオル持ってる?」


「ハンカチしかない」


「えへへー。私は持ってるもんねー」


「用意がいいなぁ、さすが」


「ちゃんと貸してあげるってばー」


「ありがとうございます」


 気楽な会話を交わしながら、列は進んでいく。

 今度のアトラクションの列も、途中からは屋内になってありがたかった。


「遊薙さん、疲れてない?」


「うーん、ちょっとだけ? でも平気!」


「そう。カバン持とうか? 僕、手ぶらだし」


「いいよそんなのー」


 もうそうやって気にかけてくれるだけで私は幸せなのです。


 それにしても、やっぱり桜庭くんは優しいなぁ。

 なんだかこうしてると、ホントの両想いになれたみたいな気になってくるけど……違うんだもんね。


 ……違うのかな?


「……遊薙さん? どうしたの、ぼーっとして」


「えっ? あ、ああ、ううん! なんでもない!」


 桜庭くんをぼんやり見つめてしまっていたことに気づいて、私は慌てて誤魔化した。


 やっぱり、そんなの聞けないもんね……。


 ……違うって言われたらヘコむしなぁ。

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