038 やっぱりすごい遊薙さん
僕は何のために、こんなことをしているんだろうか。
ついに到着した遊園地のワンデイパス売り場の列に並びながら、僕は肩をすくめた。
そもそもこのデートは、
だから当然、行きの道中でまるで本当のカップルみたいに、嬉し恥ずかしキャッキャウフフをやってる場合ではない。
断じてない。
ただ、天真爛漫で人懐っこい遊薙さんの手にかかれば、僕のペースなんていうのは簡単に崩されてしまう。
いや、何よりも彼女が可愛すぎるのが悪い。
やっぱり男という生き物には、可愛くて、しかも自分に好意を向けてくれる女の子には逆らえないような遺伝子が、密かに組み込まれているのかもしれない。
たとえそれが僕であっても。
うん、そうだ、そうに違いない。
どうかそうであってください。
「
「……なんでもないよ」
遊薙さんはすっかり活発さを取り戻していた。
列からヒョコヒョコと顔を出して、今か今かと順番が来るのを待っている。
しばらくすると列が進み、僕らは無事に二人分のワンデイパスを購入した。
ゲートで再び列に並び、やっとのことで園内へ。
「きたぁー! ね、桜庭くん、写真撮ろ!」
「えぇ……だから嫌だって」
「お願い! ツーショットならいいでしょ? ほら、こっち来て!」
遊薙さんは僕の腕を掴んで、半ば強引に密着してきた。
自撮りの体勢になって、背景に観覧車を写してスマホのシャッターを押す。
さすがというかなんというか、動きが手慣れている。
「撮れた! やった! 待ち受けにする!」
「ちょっと。それはだめ」
「えへへ、やっぱり?」
遊薙さんは何度もその写真を見返してから、満足そうに頷いた。
それにしても、今日はとにかく上機嫌だなぁ、この人。
「さっそく並ぼ! 私、乗りたいのある! 桜庭くんは?」
「僕はどれでも。君の好きなものに付き合うよ」
「やった! じゃあついてきて!」
早足で歩き出して、意気揚々と進む遊薙さん。
その後を追いかけていると、スマホにさっきの写真が送られてきた。
気怠そうな表情の僕とは打って変わって、遊薙さんは万面の笑みだ。
しかも、もの凄く写真うつりがいい。
まるで、よくあるアプリで加工したみたいなクオリティだった。
遊薙さんが華やか過ぎて、隣にいる僕が背景みたいになっている。
改めて、遊薙さんってすごいんだなぁ。
呑気にそんなことを思いながら、気づけば僕はその写真を、しっかりフォルダに保存してしまっていた。
◆ ◆ ◆
僕らが最初に並んだのは室内型のVRアトラクションだった。
小さなカプセルのような乗り物に二人で乗って、VR映像を見ながら屋内のコースを移動していく仕組みのようだ。
この手の乗り物は初めてで、少しだけ楽しみになる。
ただやっぱり人気も高いようで、一時間弱ほどの待ち時間が発生していた。
「こういう乗り物って、待ち時間も涼しいし、周りにも見られにくいから、桜庭くんも好きかなって」
「なるほど、それは確かに」
しかもずっと壁伝いに列が出来ているため、待ち時間中も壁にもたれることができて楽だ。
日差しがないというのもけっこう嬉しい。
「色白だもんね、桜庭くん」
「インドアだからね」
おかげで日光に弱い。
遊薙さんは自分自身が太陽みたいだし、平気そうだけれど。
さて、あと数十分は時間を潰さないとね。
実はこういう時のために、秘策を用意してあるのだ。
「こんなこともあろうかと、スマホにいろいろアプリを入れてきた」
「え、ホント! さすが桜庭くん!」
まあ、クイズとかボードゲームとか、そんな簡単なものだけど。
秘策が聞いて呆れるってものだ。
でも、何もないよりマシなのさ。
「実は私も、暇な時間に盛り上がる話題をピックアップしてきました!」
「なにそれ」
「ほとんど桜庭くんへの質問です! えへへ」
「え、それはやだな」
「だって私、まだちゃんと桜庭くんのこと知らないんだもん!」
「知られたくない」
「知りたーい!」
そんなわけで、僕らはスマホでオセロをしたり、お互いに質問しあったり、学校での出来事を話したりして時間を過ごした。
そうしていると、思いのほか待ち時間は短く感じるもので、すぐに僕らの順番がやってきた。
スタッフさんにVRゴーグルを渡され、指示に従ってかぶる。
二人並んで座ったカプセルの屋根が閉じて、視界がCG映像に包まれた。
「ワクワクするね!」
「僕、実はVRやるの初めてなんだよね。大丈夫かな」
「え、それ今言うの?」
おかしそうにクスクス笑う遊薙さん。
僕は真面目に心配してるんだけどなぁ。
◆ ◆ ◆
「おもしろかったー‼︎ え、すごい! ホントにすごかった!」
賑やかな遊薙さんに続いて、僕はカプセルから降りた。
前後のお客さんと一緒に、ゆっくり順路を進む。
「VRって、思ってたよりリアルだね」
「ね! 初めてじゃないのにびっくりしちゃった!」
「なんか足がふわふわしてるよ」
「えへへ、私も」
スタッフさんの誘導に従って、僕らは出口を目指す。
道中は暗く、少しだけ足元が見にくかった。
「こちら段差ありますので、お気をつけくださーい!」
スタッフさんの声が上がる。
ちょうどその時。
「きゃっ!」
「あぶなっ」
遊薙さんが足元を踏み外し、バランスを崩した。
僕は反射的に彼女の手を取ってしまう。
転びこそしなかったけれど、代わりに遊薙さんは僕の方に寄りかかってきたのだった。
「あっ……ごめん!」
「……大丈夫?」
「うん、平気……ありがと。でも、その、手が……」
「それはごめん。つい反射で……。でも心配だから、しばらくは我慢して」
「う、うん……わかった」
僕は遊薙さんの手を掴んだまま、建物の外に出た。
急に視界が明るくなり、少しだけ目が眩む。
握っていた手から力を抜いた。
けれど、遊薙さんは未だにギュッと僕の手を握りしめて、放さなかった。
「……こら、早く」
「だって……初めて手、繋いだのに」
「……いいから放して」
「……うん」
やっと自由になった手を、僕はズボンのポケットに突っ込んだ。
そしてすぐに、その中にあるハンカチを掴む。
僕と遊薙さん、どちらのものかわからない汗を、出来るだけ早く拭いてしまいたかった。
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