037 自爆しました遊薙さん


「さ、さ、桜庭さくらばくん⁉︎」


「……なに」


 遊薙ゆうなぎさんと遊園地へ行くことになった、約束の土曜日。

 駅前で合流するなり、遊薙さんは僕の顔を指差して大仰に叫んだ。


「だって! そ、それは……!」


「……」


「眼鏡‼︎ え、なんで⁉︎ なんで眼鏡してるの!」


 真っ先に恥ずかしいところを突かれて、僕は思わず顔をらしてしまった。


 まったく、この人は……。

 いや、当然といえば当然なのだけれど。


「昨日言ったでしょ、軽く変装するって……」


「でも眼鏡っ! かわいい! 似合う似合う!」


 恥ずかしい……。

 普段眼鏡なんて掛けたことないから目元に違和感もあるし……もう。


「でも、目悪かったっけ?」


「ううん。母さんの伊達眼鏡。勝手に借りてきた」


「へぇ〜。あかねさん、伊達眼鏡なんてするんだ」


 すっかり呼び慣れた様子の『茜さん』。

 どうやら遊薙さんは、いつの間にか母さんとも連絡先を交換して、交流を深めているらしい。

 相変わらず、恐ろしいコミュニケーション能力だ。

 そして、外堀がさらに埋められている。

 いよいよわざとなのではないだろうか。


「えぇ〜かわいい! ね、写真撮っていい?」


「だめ」


「なんで〜!」


「恥ずかしいから」


「かわいいのに!」


 やれやれ……。

 最序盤から疲れる展開だ。

 果たして僕の体力は、今日一日持つのだろうか。


 ちなみに、遊薙さんはピンクのマスクをして、いつものストレートヘアーをポニーテールにしていた。

 まさか知ってる人に出会すことはないだろうけれど、念のため二人とも軽く外見を変えていくことを決めていたのだ。

 そしてその結果が僕の眼鏡と、遊薙さんのマスクと髪型というわけ。

 遊薙さんの場合はその綺麗すぎる顔を隠せるということもあって、マスクがちょうどよかったんだと思う。

 ただ、やっぱり少し窮屈そうだ。


「ごめんね、マスクなんてさせて」


「ううん! 私、外出する時けっこうしてるもん! 気にしないで!」


 遊薙さんは屈託のない笑顔でそう答えると、僕を促すように駅に向かって歩いた。

 頼りになる遊薙さんは、目的地までの電車の乗り継ぎを全て把握してくれているようだった。

 大人しく彼女に任せて、ついていくことにする。


「桜庭くんと電車で遠出なんて、なんか夢みたい」


「そんな大袈裟な」


「大袈裟じゃないもーん!」


 遊薙さんは嬉しそうに目を細めて、頬を綻ばせていた。

 マスクで隠れて口は見えないけれど、たぶん笑っているんだろう。


 ふたりで改札を通って、目的地への電車に乗る。

 休日ということもあってわりと混んでいるが、ひとつだけ座席が空いていた。


「遊薙さん、座りなよ」


「え、いいよ! ひとつだし」


「僕はいいから。この先ずっと座れないかもしれないよ」


「いーいーの! 座ったら話しづらくなるもん。ふたりで立っとこ?」


「……まあ、君がそう言うなら」


「うんっ」


 結局、ふたりでつり革を持って並んでいることになった。

 三駅で乗り換えだから、まあ大した時間じゃないのもたしかだ。


 乗り換える駅に着くのを待つ間、遊薙さんは電車に揺られながら、ずっと僕の方を見ていた。


「なに」


「んーん。ただ、やっぱり眼鏡似合うなって」


「なんかうっとうしいね、眼鏡って」


「慣れるまではそうかもね」


 あまりに視線が気になって、僕も遊薙さんの方を見る。

 マスクで顔が半分隠れているせいもあって、いつもほどの華やかさはない。

 とはいえ、それでも充分すぎるほど綺麗なんだけど。


 そういえば、マスクをすると可愛く見える、という話があった気がする。

 マスクで隠れている部分を、人間の脳が自分に都合のいいように想像するから、っていう感じの理屈だったと思うんだけれど……ふむ。


「……桜庭くん? どうしたの?」


「ああ、いや、べつに」


 彼女の顔を見つめてしまったせいで、不審に思われたらしかった。

 あぶないあぶない。


 それにしても、やっぱりそうだ。

 遊薙さんの顔は、むしろマスクをしていないときの方が綺麗に見える。

 もしかすると、マスクの下をイメージする僕の想像力が、実際の遊薙さんの美しさに負けているのかもしれない。

 そんなことがあり得るのかどうかは知らないけれど。


 二回の乗り換えを経て、僕らは最後の電車に乗った。

 ここからは目的地まで一本、30分ほどゆっくりできる。

 幸い車両にもあまり人はおらず、僕らは今度は二人並んで座席に座ることができた。


「ふぅー。やっと座れたわね」


「疲れたでしょ。着いたら、少しだけ休憩しようか」


「大丈夫! 座ってる間に復活するもん」


 言ってから、遊薙さんはマスクをはずして、ググッと身体を伸ばした。

 やっぱり、少し窮屈だったんだろう。

 ここにいれば周りからは見えないし、マスクははずしてしまっても問題無い。

 僕も眼鏡をはずし、指で眉間を押さえた。


「あ、貸してー」


 遊薙さんは嬉しそうに僕から眼鏡を奪うと、ピシッとした仕草でそれを掛けた。


「えへへ、どう?」


 期待するような目で僕を見る遊薙さん。

 正直、ものすごく似合っている。

 というか、どう? なんて聞くのは反則だ。


「……なに、どうって」


「かわいい?」


「……いつもと印象が違う」


「かわいいの? ねぇ」


「……まあ」


「ちゃんと言ってくれなきゃやだー!」


 遊薙さんは心底楽しそうだった。

 悪戯っ子みたいな目をして、そっぽを向く僕の顔を下から覗き込んでくる。

 大変困ったことに、その仕草も表情もこの上なく可愛らしかった。


「……かわいいよ」


「え、ホント⁉︎ ……ホントに?」


「ホントだって……。すごくかわいい。だから、もう勘弁して」


「えっ! ……う、うん」


 僕の言葉に、どういうわけだか遊薙さんはすっかり大人しくなってしまった。

 もう一度マスクをつけて僕に眼鏡を返し、窓の方を向いて黙り込む。


 照れているのかもしれない。

 だけど、僕だって照れている。


 僕は遊薙さんとは反対の方に顔を背けて、電車が走る不規則な音をただ聞いていた。


 遊薙さんが、しっかり反省してくれるのを祈るばかりだ。

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