034 容赦もしません白戸さん


「いいよ。協力、とまではいかないけど、出来る限りの手助けはする」


 白戸しらとさんはそれまでよりも、少し意地悪そうな顔になってから答えた。

 僕はその表情に見覚えがあった。

 これは彼女が、遊薙ゆうなぎさんと話している時にたまに見せる顔だ。


「お、おお。それはよかった。ありがとう。恩に着るよ」


「少なくとも、一食分の働きはしなくちゃね」


「一食とデザート分ね」


「デザートは別腹でしょ」


「お腹の話はしてない」


 白戸さんは、そこでちょうど運ばれて来た抹茶プリンを控え目に食べた。

 生クリームの甘さと抹茶のほろ苦さが絶妙な、僕のオススメだった。


「あまにがい」


「下手な食レポしてないで、どうすればいいと思う?」


「んー。マジメに?」


「マジメに」


「それじゃあ確認だけど、要するに桜庭さくらばくんは、わざと嫌なことをしたりせず、静乃しずのが桜庭くんを好きじゃなくなるようにしたいってことだよね」


「そうそう」


「で、本来なら自分は静乃に好かれるような人間でも、釣り合う人間でもないし、目を覚ませば静乃も自分を捨てるだろう、って思ってるんだよね」


「そういうことです」


 まったくもって、その通りだ。

 さすがクールで聡明な白戸さん。

 話が早くて助かる。


「遊薙さんを騙したり、傷つけようってわけじゃないんだ。ただ、僕と付き合ったってつまらないだろうし。僕は彼女が望むような恋愛なんてできない、やる気もないんだってことを、ちゃんとわかって欲しくてね。そうすればきっと、僕らは正しい関係に戻れる」


「……ふぅん」


「……えっと」


「桜庭くんって、けっこうおバカだよね」


「えぇ……」


 な、なんでそうなるんだ……。


「本気でそう思ってるなら、おバカだよ。だって桜庭くんは、前提を疑ってないもん」


「ぜ、前提……?」


「そう。桜庭くんと静乃が釣り合ってないっていう、その前提」


「そ、それは……」


 白戸さんは呆れたように目を細めて、くわえていたスプーンをひょこひょこと動かした。


 前提。

 僕と遊薙さんが、釣り合わないという前提。


「……疑いようがないでしょ、そんなの」


「そうかな。私に言わせれば、わりとお似合いだよ、静乃と桜庭くん」


「……そんなわけ」


 遊薙さんと僕が、お似合い?

 なんだそれ。

 どういう意味だ。


 僕は恋愛になんて向かない人間だ。

 それは絶対に、間違いない。

 人と話したり、一緒にいたりするより、一人でやりたいことをしたい、その方が楽しい。


 対して、あんなにもまっすぐ好きな相手に好意を伝えて、一生懸命になって、一喜一憂できる遊薙さん。

 そんな僕らが、お似合いなはずがない。

 一緒にいたら、お互いが不幸になる。


 そもそも遊薙さんは、優しくて明るくて、健気で。

 それにとんでもなく可愛い、完全無欠の女の子だ。

 彼女に似合う男が、そうそういるなんて思えない。

 ましてや、僕がそうだなんて。


「……どうしてそう思うの」


 僕には、そう尋ねることしかできなかった。


 理由を聞かなければ。

 いや、理由を聞いたってきっと、納得はできないのだけれど。


「うーん、まあそう言われると難しいね。並んでるの見て、ああ、いいじゃんって思っただけだし」


「そ、そんな曖昧な……」


「べつに、私の意見はどうでもいいでしょ。つまり、その前提が間違ってないか、桜庭くんはちゃんと考えてみたのか、ってこと」


「そ、それは……もちろん」


「そうかな? 今の話だと、桜庭くんはそう決めつけてるだけに聞こえたよ。真剣に対策を考えるなら、もっと根本的なところからやり直してもいいんじゃない」


「……」


 僕にはわからなかった。

 彼女が言っていることが、正しいことなのかどうか。

 いや、わからないフリをしているだけなのかもしれない。

 きっと、そうだと思う。


 けれど、僕は。


「……いいんだよ。そんなの、やり直さなくたって」


「ふぅん。まあ、私はべつにいいけどさ」


 白戸さんは思いのほか、あっさりと折れてしまった。

 そしてそれが、かえって僕の焦りを増幅させているような気がした。

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