030 元気出してよ和真くん


和真かずま、ちょっと聞きたいんだけど」


「ああん?」


 昼休み。

 遊薙ゆうなぎさんがうちのクラスに来ないことを確認してから、僕は友達の瀬尾せお和真に声を掛けた。

 もちろん目的は、男女交際が破綻する原因について、尋ねるためだ。


 けれど和真は、なんだか機嫌の悪そうな、憎しみの込もったような口調と表情で応じてきた。


碧人あおとぉ……お前は俺になにか言うことがあるんじゃねぇのかぁ?」


「……いや、だから質問を」


「違うだろが!」


「えぇ……」


 相変わらずテンションが高い。

 いったい普段、何を食べていればこうなるんだろうか。


「なに?」


「お前、最近やけに女の子、しかも美少女たちと仲が良いよなぁ?」


「……まあ、そうかもね」


「そうかもね、じゃねぇだろ‼︎」


 うるさいな……。

 いくら昼休みでざわついてるとはいえ、悪目立ちするからやめて欲しい。

 ただ、僕の想定していたよりも和真の勢いは激しかった。

 ここは変に刺激しないようにしておこう。


御倉みくらさん、白戸しらとさん、果てには遊薙さんまで‼︎ いったいどういう了見だ? あぁん?」


「御倉さんは去年から友達だよ。白戸さんと遊薙さんはまあ、いつの間にか話すようになった」


「恋愛に興味なかったんじゃねぇのかよ!」


「え、ないけど。それ今関係ある?」


「あるわ‼︎」


 あるかな……。


 まあいい。

 刺激しないと決めたばかりだし、しばらくは大人しく聞いておこう。


「遊薙さんと白戸さんと三人で弁当食ったり、御倉さんと遊薙さんに挟まれたり! お前は相変わらず恨めしい! 羨ましい!」


「遊薙さんはすごく人当たりがいいからね。こんな僕とも仲良くしてくれるんだから、相当だよ」


「白戸さんなんて、滅多に男子と話さないんだぞ!」


「そうなの? 彼女とは僕もなんだかペースが合うし、良い人だよ?」


「良いに決まってるだろうが!」


 うーん、ずっとうるさいままだ。

 これじゃあ全然聞きたいことが聞けないじゃないか。


「お前が女の子に人気なのはもう、この際仕方がない。ただ俺が言いたいのはなぁ!」


「そろそろこの話終わりそう?」


「終わらん‼︎」


 終わってくれないかな。


「俺が言いたいのは、なんで俺におこぼれが来ないのかってことだよ!」


「すごく和真らしいなあ」


「その通り!」


「褒めてはないけど」


「みんなお前ばっかりで、友達の俺には全然構ってくれない!」


「まあ、最近話してなかったもんね。なにしてたの?」


「お前がずっと本読んでるか、女の子と一緒にいたせいだろ!」


「本読んでるのは前からそうでしょ」


「そうだけども! 納得いかねぇ‼︎」


 和真はそこまで言うと、にわかに意気消沈して項垂れてしまった。

 どうやらある程度、言いたいことを言い切ったらしい。


「聞きたいんだけど」


「……なんだよ」


 おや、どうやら素直に聞いてくれるようだ。


「和真って確か、去年誰かと付き合ってフラれてたよね?」


「ふ、フラれてねぇよ!」


「あれ、そうだっけ。フったの?」


「それも違う。お互いにとってより良い道が見つかったから、別々に歩むことにしたんだ」


「ふーん」


「ふーんて」


 べつにどういう建て前で別れたとか、そんなことは問題じゃないからね。

 交際が終わった原因がわかれば、なにかヒントになるかもしれないし。


「どうしてそうなったの?」


「ど、どうしてって……な、なんでそんなこと聞くんだよ!」


「いや、ちょっと興味本位で」


「……あの碧人が?」


「まあ、僕にもいろいろあってね。妹のため、とだけ言っておこう」


「ふーん。お前、妹いたのか」


 あらかじめ用意しておいた嘘でうまく誤魔化せたらしい。

 許せよ、藍奈あいな


「例えば、和真が相手の子を傷つけたとか、和真の浮気がバレたとか」


「そ、そんなことはない! ……と、思う。いや、浮気はない! 絶対!」


「じゃあ、なにが原因?」


「それがわかれば苦労はない!」


「それがわからないと反省できないじゃないか」


「うぐっ……」


 どうやら痛いところを突いてしまったらしい。

 あまりに悲しそうな表情をするものだから、さすがの僕も少し申し訳なくなる。


「フラれる……おっと、別れる時はなんて言われたの?」


「……『冷めた』って」


「あちゃあ」


「おい!」


「いや、ごめんごめん。でもそうか、だから原因がわからないんだね」


「そ、そういうことだ……」


「心当たりもない?」


「……実はある」


 おお。

 それは是非とも聞きたいところだ。


「遊園地に行ったんだよ、二人で」


「それで?」


「……その日から、なんかうまくいかなくなった」


「……ふむ?」


 なんだそりゃ。

 それは果たして、遊園地が原因なのだろうか。

 ただ、なにかのきっかけと遊園地のタイミングが重なっただけなのでは。


「でも、たしかによく言うんだよな。遊園地に行ったカップルは別れやすいって」


「へえ、そうなのか」


「ああ。都市伝説みたいな感じだけどさ」


 都市伝説ねぇ。

 まあ、一つの参考程度には覚えておこうかな。


「逆に、相手に嫌なところはあった?」


「え? うーん……まあ、ちょっとわがままだったかもなぁ。あと、気分屋でマイペースだった」


 気分屋でマイペース……。

 自分で言うのもなんだけど、僕にちょっと近いかもしれないなぁ。

 ただ、遊薙さんはあまり気にしていなさそうだ。


「でも、そこが可愛かったのかもなぁ」


「どういうこと?」


「結局、好きな時はなんでも良く見えるし、好きじゃなくなると全部悪く見えるんじゃないか?」


「へぇ、和真にしてはなんだか、深そうなことを言うね」


「俺にしては、は余計だ!」


 口調に反して、和真はけらけらと笑っていた。


 しかし、そうか。

 好きならなんでもよく見えるし、嫌いなら悪く見える。

 だけどそれって、原因と結果がちぐはぐになっていやしないだろうか。

 

「まあ、恋愛なんてそうそう理屈通りにはいかないんだよ。碧人も彼女ができればわかるって」


「……そうだね」


 話が終わると、和真は満足そうに去って行った。


 たしかに、和真の言うことにも一理あるかもしれない。

 けれど、だからといって諦めるわけにもいかないのが実際のところだった。


 次は、あの人にも聞いてみよう。

 そんなことをして良いのかどうかはわからないけれど、彼女なら公平な意見をくれるような気がする。


 そういえば僕、白戸さんの連絡先知らないんだっけ。

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