029 ちょっと鋭い御倉さん
うわぁぁぁあ!
さ、誘ってしまった……!
我ながら大胆というか、よくぞ言ったというか……。
しかし、大雨、二人、傘一本。
この状況から導き出される提案としては、なんらおかしくないはずだ。
ごくごく一般的で、自然な流れ。
ただ、私に明らかな下心があることを除けば……。
だが、言ってしまったものはもう仕方がない。
こうなったら、行くところまで行ってやる……!
ま、まずは碧人くんが、この誘いを受けてくれれば……!
「……ありがとう。でも、やめとくよ」
途端、私は全身から力が抜けるのがわかった。
ふらついてしまいそうになる脚を必死に踏ん張る。
「そっ……そうか! すまない! おかしなことを言って……」
ああ、私はなんて迷惑な女なんだろうか……。
ひとりで舞い上がって、思いつきで碧人くんを振り回そうとするなど……。
そもそも、少し考えればわかることだ。
いくら友人と言えど、交際してもいない男女が相合傘など、ちゃんちゃらおかしい!
自分に都合のいいように物事を解釈しようとするのが私の悪い癖だ!
……しかし、それが恋というものなのかもしれない。
そうであってくれ……!
「いや、折り畳み傘だと小さいから、
「そ、そんな! 碧人くんこそ、気にしなくていいのに……」
「うん。ホントにありがとう。本持ってるから、それ読んで
「う、うん……」
碧人くんはそう言って、校舎の中へ戻って行った。
ま、待て! ここで引き下がって良いのか、御倉
相合傘こそ叶わなかったが、帰りに愛しの碧人くんと会えた幸運を、このまま無駄にしてしまうなど、愚の骨頂だ!
私は私らしく、積極的かつ冷静で巧妙な作戦でもって、碧人くんのハートを射止めて見せる……!
「あ、碧人くん!」
「ん、どうしたの?」
私は靴を履き替えていた碧人くんを呼び止めて、彼のところへ追いついた。
「わ、私ももう少し、様子を見ることにする! ので! その、暇を共有というか……一緒に……」
わぁぁあ!
どうして上手く言えないんだ!
ただ、「雨が止むまで一緒に待って良いかな?」と聞くだけだろう!
私はこんなに口下手だったか……?
なんだか最近、どんどん碧人くんの前で緊張するようになってきてしまっているような……。
「あはは、そうだね。じゃあそうしようか」
「えっ! ……あ、ああ! ありがとう!」
神よ、感謝します……。
いや、むしろ碧人くん自身が神なのかもしれない。
「でも、どこへ行こうか。二人だと、図書室はアレだしね。教室にする?」
「う、うん! そうだね!」
教室なら二人きりになれる!
これは僥倖だ!
先を歩く碧人くんについて、自分たちの教室を目指す。
ドアを開けて中を覗くと、思った通りもぬけのからだった。
「うわ、なんかどんどん強まってるような……」
「そ、そうだね……」
窓ガラスには雨水が止めどなくぶつかり、まるで嵐の中にいるようだった。
これは、本格的になかなか止まないかもしれない。
教室は灯りをつけても少し薄暗かった。
雨音だけが響き、なんとなく、非日常的な空気感が私たちを包んでいた。
「
「えっ、は、はい!」
「ははは。どうしたの、そんなにかしこまって」
「あ、いや……べつに」
「そう? それじゃあちょっと聞きたいんだけど、御倉さんは今までに、彼氏がいたことってある?」
「えっ⁉︎ ななな、ない‼︎ ないに決まっている‼︎」
だって私は、君を初めての恋人にすると決めているのだから‼︎
とは、口が裂けても言えない。
が、しかし! この質問はいったいなんなんだ!
どういう意味があって、こんな……。
「ふふ、決まってはないと思うけどね。でも、そっか」
「……ど、どうしてそんなことを聞くのかな?」
「あー、うん。なんというか、どうすれば男女交際は破綻……じゃなくて、うまくいくのかなと思って」
「だ、男女交際がうまくいく……?」
聞いたことを後悔しているような、けれど満足しているような……。
それにしても、なにやら意外なフレーズが出てきたものだ。
男女交際がうまくいく方法なんて、なぜ碧人くんがそんなことを……。
……はっ!
「あ、碧人くんは、何かそれ絡みで困っているのか……?」
「えっ? あ、いや……と、友達がね。彼女にフラれそうだけど、原因が分からないって言ってて……」
「ふ、ふむ……」
と、友達……友達か。
私はてっきり、遊薙さんとの交際関係について、なにか思うところがあるのかと思ったが……。
けれど遊薙さんの話によれば、碧人くんは仕方なく彼女と交際をしているだけで、本心ではその関係を解消したいと思っているのだとか……。
となると、交際が上手くいく方法を知りたがるというのは、状況から考えてもおかしいのではないだろうか。
い、いや……もしかすると碧人くんの気が変わって、やっぱり遊薙さんとの関係を続けたくなったということか⁉︎
そ、そんな……嘘であってくれ……!
い、いや! きっと本当に友達の話なんだ!
そうだ、そうに違いない!
そうでないと死んでしまう……。
「ど、どうかな? 恋愛には疎いから、僕にはわからなくて」
「わ、私も同じだよ。あまり役に立てそうにないな……」
「そっかぁ……」
「す、すまない」
「いやいや、いいよ。むしろ僕の方こそごめんね、こんなこと聞いて」
「い、いや! 気にせずいつでも頼ってくれていいんだ! と、友達なんだし……」
「ははは、そうだね。ありがとう」
碧人くんが涼しげな表情で笑う。
細まった目蓋の奥から覗く瞳に、吸い込まれそうになった。
「御倉さんの彼氏になる人は、きっと幸せだろうね」
「そ、そんな……! 私なんて……」
自分の顔がボッと赤くなるのがわかって、私は思わず顔を伏せて首を振ってしまった。
碧人くんはときどき、こうしてドキッとすることを言ったりする。
けれど彼は、きっと本心からそう思っているのだ。
だからこそ彼の言葉には艶があって、私はまんまとその熱にやられてしまうのだろう。
ふと気がつくと、碧人くんは実に深刻そうに顎に手を当てていた。
友達の恋愛事情とやらが、よほど大切なのかもしれない。
本当に、友達のことであってくれ。
今の私には、そう願うことしかできないのだった。
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