027 ついに登場お母さん
ゴールデンウィーク最終日。
また
暇だなぁとか、よく飽きないなぁとか思いながら自室で本を読んでいると、
「なに」
「
「お留守番よろしくね!」
「……ふぅん」
「あれー? 桜庭くん、もしかして寂しいの?」
「いや、仲良いなと思って」
「お友達ですから。ね、静乃さん」
「ねー」
楽しそうで何よりだ。
それにどうやら、今日は僕が遊薙さんのお守りをしなくていいらしい。
僕がひらひらと手を振ると、二人は楽しそうに話しながら階段を降りていった。
ドアぐらい閉めていって欲しいもんだ。
それにしても、藍奈と遊薙さんは本当に仲が良い。
話によると、どうやらいつの間にか連絡先まで交換しているようだし。
不思議だ。
いや、これも遊薙さんの人柄の成せる技なのかもしれない。
というのも、藍奈と遊薙さんはけっこう、タイプが違うように思えるのだ。
藍奈は僕に似てインドア趣味だし、口数も多い方ではない。
対して遊薙さんは……まあ、僕は彼女の趣味や、普段なにをしているとか、学校ではどんな感じかとか、実際のところはあまり知らないのだけれど。
でも社交的だし、お喋りだから、そこまで藍奈と相性がいいとは思えなかったりするんだけど。
……いや、でもそうか。
遊薙さんは、
たしかに白戸さんは、なんとなく藍奈に雰囲気が似ているような気もする。
意外と、ああいう女の子の方が遊薙さんは付き合いやすいのかもしれない。
さて、と。
大変嘆かわしいことに、明日からまた学校だ。
今日中にこの本を読んでおかないと、中途半端なところでお預けを食らってしまうことになる。
僕は身体をほぐしてからひと息入れ、また手元の本に意識を戻すことにした。
◆ ◆ ◆
「ちょっと
「……はいはい」
はぁ……。
食器棚を開けて、四人分の皿を取り出す。
それを渡すと、出来上がったエビフライやら、明太子パスタやらがどんどん盛り付けられていく。
スーツの上にエプロンを着た、この女性。
桜庭
「藍奈、順番に運んじゃって!」
「はい」
僕、藍奈、母さん。
三人でキッチンを動き回って、僕らは夕食を作っていた。
どうしてこんなことになったのか。
きっかけは一時間ほど前まで遡る。
『碧人! あんたなに? 彼女さん連れてきたの?』
18時頃、突然僕の部屋のドアを開けた母親は、まだ仕事用のカバンを手に持ったままだった。
『……彼女じゃ……ないけど』
『もう! どうして連絡しないのよ! あるもので何か作らないと! ほら、あんたも手伝って!』
そう言って、急ぎ足で階段を駆け下りていく母さん。
どうやらリビングで、遊薙さんに出くわしたらしい。
いつかはこうなるかと思ってはいたものの、面倒なことになった。
というか、まだ帰ってなかったのか、遊薙さん。
いや、母さんの帰りが早いんだ。
不規則な仕事で、ゴールデンウィークにも出勤しているけれど、たまにこうして早めに帰宅することがある。
渋々とリビングに降りた僕は、そのままキッチンに引っ張り込まれた。
遊薙さんは恐縮そうにテーブルについていたものの、どこか嬉しそうだった。
「それじゃあ、いただきます!」
四人で手を合わせて、食事が始まる。
久しぶりに、母さんの料理を食べる気がした。
「ごめんね静乃ちゃん、こんなものしかできなくて」
「いえ! ありがとうございます、本当に。夕飯までいただくつもりじゃなかったんですけど……」
「なに言ってるのよ。せっかく来てくれたんだし、それに、碧人がお世話になってるんでしょ?」
「そ、そんな。私の方こそ、仲良くしてもらって」
「静乃さん、謙遜は不要です。兄さんは自分がどれだけ恵まれているか、自覚するべきです」
「そうよ。今日だってずっと一人で本読んでたんですって? こんな可愛い彼女さんが来てくれてるのに、あんたはホントに……」
案の定、僕への集中攻撃が始まった。
予測していた僕は対抗策、『だんまり』を決め込むことにする。
どうやら藍奈と母さんのなかでは、僕と遊薙さんはすっかり付き合っていることになっているらしい。
それを否定するとまた話がややこしくなりそうなので、このままにしておくことにしよう。
「でも、静乃ちゃんすっごく可愛いわ。女優さんみたい。ううん、女子アナさんみたい」
どっちが上なんだ、それ。
「うふふ。ありがとうございます」
「どうして碧人がよかったの? 静乃ちゃんなら他に、もっといい人いそうだけど」
「母さん、静乃さんを困らせてはいけませんよ」
「でも気にならない? この子、顔はまあまあだけど、マイペースだし、愛想ないし」
反論の余地なし。
僕はだんまりを続けることに決めた。
「どうしてでしょう。ふふっ。気がついたら、好きになっちゃってました」
「へーぇ……。碧人、あんたちゃんとしなさいよ? 宝クジ当たったのと変わらないんだから」
「そんな、大袈裟ですよ茜さん」
遊薙さんは実に自然な笑顔だった。
それに、母さんのことをさらっと『茜さん』なんて呼べるところも、まさしく遊薙さんという感じだ。
彼女はやっぱり、どちらかと言えば女優なんだろう。
「茜さん、楽しい人ね」
夕食後、別れ際の玄関先で、遊薙さんが嬉しそうに言った。
「ごめんね、騒がしくて。疲れたでしょ」
「ううん。お話しできて嬉しかった。桜庭くんと藍奈ちゃんのお母さんなのに、元気でびっくりしたけど」
「父さん似だから、僕ら二人は」
遊薙さんはスマートフォンで時間を確認してから、くるりと向きを変えた。
今日も見送りはここまでか。
そう思ったけれど、玄関を離れようとした彼女は小さな段差でバランスを崩してしまった。
夕食後も母さんに捕まっていたせいか、今日は時間が遅い。
あたりもすっかり、真っ暗になっていた。
「……遊薙さん、どうやって帰るの?」
「えっ? 電車の後、歩きだけど」
「そっか」
……まあ、今日は藍奈と、それから母さんの相手もしてもらったしね。
「送るよ。駅までになると思うけど」
「えっ! い、いいの? ホントに?」
「うん。心配だしね」
言いながら、遊薙さんのところまで歩く。
僕が先に行くと、彼女も追いかけるようにして隣に並んだ。
「あ、ありがとう……!」
「誰かに見られた時は、ちゃんとフォローしてね」
「う、うん! 任せて!」
そう答えた遊薙さんは、見るからにはしゃいでいた。
ほんのりと染まった頬が、月の光を受けて輝いている。
「……最近さ」
「……ん」
「桜庭くん……優しいよね」
「……そうかな」
僕はとぼけていた。
優しい。
彼女がその言葉を、どういう意味合いで使ったのかはわからない。
けれど僕は間違いなく、彼女に甘くなってしまっていた。
いや、もっと正直に、恥を忍んで言うならば。
「……期待しちゃうよ? 私」
「……冷たくしたら、君は諦めるの?」
「……わかんない」
情けない。
僕は本当に、ダメなやつだ。
わからないのは僕も一緒だ。
正直に言って、僕は自分が彼女のことをどう思っているのか、すっかりわからなくなってしまっていた。
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