022 誰を待ってる遊薙さん


 放課後の昇降口は騒がしい。


「あ、遊薙ゆうなぎさん。ばいばーい!」


山根やまねさん、またねー!」


「遊薙さーん。もう帰るの?」


「もう少ししたらね。木下きのしたちゃんは部活?」


「うん。めんどくさーい」


「ふふふ。頑張ってねー」


 特に私、遊薙静乃しずのにとってここは、息つく暇もない場所だ。


 なにせ、友達や知り合いがものすごく多い。

 昇降口で立ってるだけの私に、みんな何かと声をかけていってくれるのだ。


 ありがたいことではある

 だけど今日に限っては、あまり誰かに構ってはいられなかった。


「あれ? 遊薙さん、こんなところで何してるの?」


「ええ、ちょっと人を待っててね」


「へえ。白戸しらとさんかな? それじゃあねー」


 愛想良く手を振って、去っていく大澤おおさわさんを見送る。

 何か具体的な繋がりがあるわけでもないけれど、彼女たちはみんな私の友達だ。


「……」


 人の波がまばらになって、私は一度小さくため息をつく。


 あの人は、絶対にここを通る。

 それがいつかはわからない。

 でも、私は絶対に今日、あの人と話しておきたかった。


「あれ」


「あっ!」


 私が凝った身体を伸ばしていると、一人の男の子が下駄箱に現れた。

 途端、私はピシッと背筋を伸ばして、彼の近くに駆け寄ってしまう。


桜庭さくらばくん!」


「遊薙さん。どうしたの」


 いつもの無表情に少しの驚きを混ぜて、桜庭くんは私を見た。


 自分の顔が赤くなって、鼓動が早くなるのがわかる。

 私はいつになったら、桜庭くんと話すのに慣れるんだろう……。


「ちょっと、人を待ってるの!」


「人? 白戸さんなら、教室にはいなかったよ」


 華澄かすみの協力のおかげで、私と桜庭くんはもう、学校内でも普通に話せるようになっていた。

 桜庭くんも同じ認識のようで、特に周りを気にしている様子はない。


「うん。今日は華澄じゃないの。別の人」


 そしてそれは、実は桜庭くんでもない。

 もちろん今日じゃなければ、毎日こうして桜庭くんを待って一緒に帰ったり、放課後デートしたりしたい。

 だけどそもそも、桜庭くんは私が連絡なしで昇降口で待っていたら、きっと少し怒ると思う。


「別の人? まあ君の交友関係なんて、考え出したらキリがないけどさ」


「うふふ。まあね」


 桜庭くんはちょっとだけ黙ってから、ひとつ短いあくびをした。

 そのまま靴を履き替えて、昇降口を出て行く。

 珍しく私があまりまとわりついてこないことなんかにも、まるで興味がないみたいだった。


 なんだか、少し寂しい気持ちになる。

 でもまあ、そういうところも桜庭くんらしくて、好きなんだけど……。


「それじゃあ」


「うん。またね」


 私が手を振ると、桜庭くんもひらひらと振り返してくれた。

 思わず頬が緩む。


 ああ、今の顔はちょっと、人に見られちゃまずいかも。


 彼の姿が見えなくなると、私は身体がふっと軽くなるのがわかった。


 本当に、何事もなかったような様子だった。

 ということは、つまり……そういうことだ。


 それからまた、しばらく昇降口で待ち続けた。

 何人かの友達と挨拶を交わしたり、スマートフォンで桜庭くんとのやりとりを見返したり。

 そうこうしていると、ついに私の待ち人が現れた。


「……あっ」


「……こんにちは」


 私たちは、お互いになんとも言えない、微妙な顔で向かい合った。


「待ってたわよ、御倉みくら柚莉ゆずりさん」


「ゆ、遊薙さん……」


 心なしか、御倉さんの目元が赤く腫れているように見えた。

 私の推測が正しければ、彼女は今日……。


「……私に、何か用かな。生憎あいにく、今はあまり気分が良くないんだ。できれば、また別の機会に」


「御倉さん」


 私の呼びかけに、御倉さんの肩が驚いたみたいにピクッと跳ねた。

 警戒したような、困惑したような表情で私を見つめる。


 私には御倉さんの気持ちが、よくわかる。


「悪いんだけど、今から付き合ってくれないかしら」


 でも、だからこそ今日、私は彼女と話そうと決めたのだ。

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