023 対照的ですお二人さん


 私たちは学校最寄の駅前にあるカフェを選んだ。


 探りを入れるような御倉みくらさんの視線も気にせず、自分の飲み物を選んで御倉さんにメニューを渡す。

 二人で注文を済ませてから、ついに私は切り出した。


「ごめんね。私、見てた。桜庭さくらばくんとあなたが、放課後の教室で二人でいるところ」


 私の言葉に、御倉さんは怒っているような、悲しんでいるような顔をした。

 それも無理はないと思う。

 けれど見てしまったものは、気づいてしまったものは仕方ない。


 放課後、もしかしたら桜庭くんに会えるかも。

 そう思って彼の教室に行ったら、二人の話し声が聞こえてきて、私は思わずドアの横に隠れて、その会話を盗み聞きしてしまった。


 ただの本の貸し借り。

 最初はそう思ったけれど、私は御倉さんの様子がおかしいことに気がついた。

 そしてそれは、私が今まで何度も経験してきた『告白の雰囲気』によく似ていた。


「それから、その後あなたが泣いてたことだって知ってる」


「……ということは、つまり」


「ええ。泣きながら御倉さんが言ってた独り言も、ちゃんと聞いてた」


「っ……!」


 『言えるわけ、ないじゃないか……』


 あの状況と、空気と、声色。


 ついでに、私は桜庭くんとの電話で、日曜日に御倉さんとどんな話をしたか、教えてもらってしまっていた。


 そしてそれら全てが、私に教えていた。

 今日、彼女は私と同じことをしようとして、そして、失敗したんだと。


「……それで? そこまでわかっていて、君は何のために、私をここへ呼んだんだ」


「勘違いしないで欲しいの。私は何も、御倉さんの弱みを握っただとか、あなたのことを意気地なしだとか、そういう風に思ってるわけじゃない。ただ……」


「……ただ、何かな? この際だから言ってしまうけれどね、そもそも私は、君が碧人あおとくんを」


「私も、桜庭くんが好き」


 私が言い放つと、御倉さんはぽかんと口を開けて、しばらくの間固まっていた。

 そこへ運ばれてきたカフェオレとアイスティーを私が受け取って、自分のアイスティーを少しだけ飲んだ。


「私も桜庭くんが好き。だから、私たちはライバル」


 私が追い討ちをかけると、御倉さんはついにゆっくりとかすれた声を出した。


「それは……それを私に言ってしまって……君は……」


「言っておかないと、って思ったの。だってあなたは、私と同じだから」


「お、同じ……?」


 訝しんだ様子の御倉さんが、今度はカフェオレを飲む。


 ふぅ……。


 深く息を吸って、私は改めて覚悟を決める。

 桜庭くんには、後でちゃんと話して、謝らなければ。

 でも私には、このまま御倉さんに隠し続けるってことが、やっぱりできそうになかった。


「……私ね、桜庭くんと付き合ってるの」


「なっ……⁉︎」


 ガタン、とテーブルが揺れて、グラスが倒れそうになった。

 慌てて二人で自分のグラスを支えてから、私たちはまた、まっすぐ向かい合う。


「じ、じゃあ……つまり、私は」


「ううん。でも、全然両想いじゃないの。告白したら、あっさりフラれたわ。でも諦めきれなくて、無理やり……うん、ホントに無理やり、付き合ってもらっちゃった」


「それは……! そう……なのか」


 御倉さんも気づいたらしかった。

 私が、御倉さんがやろうとして、でも思いとどまったことを、実際にやったんだって。


 私は今までのことを、掻いつまんで御倉さんに話した。

 彼女は驚いていたけれど、同時に深く同情しているようでもあった。


「ライバル同士もう気持ちがわかってるのに、私だけ隠し事してるっていうのは、なんだか嫌だなって……。じゃあ成瀬さんは? って言われたら困っちゃうんだけど、でも、御倉さんには言っときたいって思って……」


「……そうか」


 正直、私の中でもまだ、納得のいく理屈は見つかっていなかった。

 この先、他にも桜庭くんを好きになる人が現れたら、その人にも同じことを話すのか。

 それはわからない。


 ……でも。


「きっと、同じなんだろうなって。御倉さんは私と同じくらい桜庭くんのことが好きで、どうすれば彼を独占できるか、考えたんだよね。でも、できなかった。たぶんそれは桜庭くんのことを思って」


「違う! ……違う。ただ、私には度胸も覚悟も、何も足りなかったんだ」


 御倉さんは悔しそうに両手を握りしめていた。

 俯いて、肩を震わせて。

 ひょっとすると、また泣いてしまうんじゃないかと思って、身構えたくらいだった。


「とにかくね! これで隠し事はなし。正々堂々ライバル。で、私が今桜庭くんと付き合えてるのは、恥も外聞も捨てた私のアドバンテージ、ってことでどう?」


「……」


 御倉さんの表情は固かった。

 私の意図を測りかねているのかもしれないし、複雑なこの状況に混乱しているのかもしれなかった。


 それでも、御倉さんは小さく頷くと、それまでの緊張感から解き放たれたかのような、すっきりした顔になった。


「つまり、これからは腹の探り合いはせず、正面から奪い合うということか」


「ふふ、そういうこと。卑怯な手は使わないけど、もちろん負けるつもりもないわ」


「……なるほどね。いいだろう」


 御倉さんは笑っていた。

 ただでさえキリッとして凛々しい顔つきが、今はますますかっこよく見えた。


 悔しいけれど、この人はもの凄く美人だ。

 私も負けてないと思うけど、でも間違いなく、魅力的。


 それから私たちは、お店の外が暗くなるまで、桜庭くんを好きになったきっかけや、彼の気を引こうとしてやったことを、お互いに話した。

 当然、恥ずかし過ぎることとか、相手に有利になる情報は秘密にして。

 少なくとも、私はそうした。

 たぶん御倉さんも、同じだと思う。


「ジャーン! いいでしょこれ! 桜庭くんの浴衣の写メです!」


「なにぃ⁉︎ どうしてそんなものを‼︎ ちょっ、もっとよく見せてくれないか!」


「ダメです! これは私が極秘ルートから入手した宝物なんだもん!」


「お、おのれ‼︎ さては自慢するために見せたな‼︎」


「そうでーす! ふふん!」


「く、くそぅ……! ……まだ碧人くんのこと、名字でしか呼べていないくせに」


「グサっ! そ、それは……だって!」


「ふんっ。やはり年季が違うんだよ。私はもう、丸一年近く彼と友人なんだ。それもかなり親しい。時間の長さは信頼関係の強さなのだ」


「な、なによ! 桜庭くんの方は御倉さんのこと、名字で呼んでるじゃない!」


「ふぐっ! ……そ、それはまあ、碧人くんの性格上というか……なんというか」


「自分ばっかり距離縮めた気になってるんじゃないの? 桜庭くんはただのクラスメイトくらいにしか思ってなかったりして」


「な、なにおう!」


「なによ!」


 怒鳴ったり、笑ったり、騒いだり。

 結局私たちは心のどこかで、この気持ちを共有できる人を探していたのかもしれない。

 恋バナは、きっと好きな相手が同じだって、成立すると思うから。


 だけど、やっぱり。


「でもまあ、桜庭くんは私みたいな社交的な女の子の方がタイプだと思うけどね」


「いやいや、それはない。碧人くんは私のような、落ち着いた女が好みのはずだ」


「桜庭くんがそう言ったの?」


「君こそ、碧人くんがそう言ったのか?」


「むむむむ……」


「ぐぬぬぬ……」


 こんなことはきっと、今日限りだろうけれど。

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