018 鈍さ極まる桜庭くん
思えば、そうだ。
というか、どちらかと言えば遊薙さんと僕が友達であるということの方が、周りからすれば不思議だろう。
けれど、表向きはもちろん、僕は彼女とも普通の友達なのだ。
直接質問されることは想定していなかったけれど、ここは冷静に、自然に対応するのが適切というものだ。
と、思う。
「いや、彼女は白戸さんと仲が良くて、うちのクラスによく来ているから」
「……そうか」
御倉さんは思いのほかあっさりと納得したようだった。
まあ、なにも彼女はスパイや探偵というわけじゃない。
不自然に思ったところで、過剰な詮索はしてこないだろう。
むしろ、過剰反応なのはきっと僕の方なのだ。
堂々としていれば、なにも起こることはない。
「……
「え……」
これはまた、妙な方向に話が転んだなあ。
やっぱり前にも思った通り、御倉さんは今、恋愛の当事者になっているのかもしれない。
そして、ある程度親しい間柄である僕から、男から見た魅力的な女性、というようなものを探ろうとしているのではないだろうか。
だとすれば、御倉さんに想いを寄せられる男性にはわりと興味がある。
けれど、そこはデリケートな問題だ
その相手が誰かを知って、僕に良いことがあるとも限らない。
あえて追求はよしておこう。
気にはなるけどね、かなり。
「うーん、まあ、好きというか、魅力的だとは思うよ。あまり、欠点もないように見えるし」
あまり、というところをそれとなく強調しておいた。
遊薙さんはまさしく完璧な美少女だけれど、少し強引なところがあるからね。
まあ、そこも長所になってしまいそうなのが、彼女の恐ろしいところなのだけれど。
「そ、そうなのか……」
「うん。でも、御倉さんも似たようなものだと思うけれどね」
「え、そ、それは……どういう?」
「タイプは違うけれど、僕は君の欠点も思いつかないしね。すごく魅力的だとも思うし」
「そっ! ……そうかな! え、えへへ……」
「うん。だから、自信を持っていいと思う。まあ、何様だよ、って感じかもしれないけれど」
「い、いや! そんなことはない! ものすごく嬉しい……!」
「そっか。それはなんだか、安心した」
「う、うん……。それに、碧人くんだって、その……すごく、素敵だと思う……!」
「あはは、ありがとう」
そうこうしているうちに、僕のカフェオレが無くなってしまった。
御倉さんのコーヒーも、残り少しのようだ。
そろそろ解散かな。
もう20時を回りそうだし。
「あ、あの」
「ん? どうしたの、御倉さん」
「あ、碧人くんは……その、男女交際については、どう思うだろうか!」
御倉さんはどういうわけか、鬼気迫る表情でそんなことを尋ねてきた。
今日の彼女はなんだか、いつもより感情の起伏が激しい気がする。
「どう思う、っていうと?」
「ま、まあ、その、興味があるのかな、というか……。肯定的なのかな、というか……」
「う、うーん。難しいね。まあ肯定的ではあるけど、興味はあまり無いかな」
僕は素直に答えておくことにした。
交際するのはそれぞれの自由だと思うけれど、僕は前向きじゃない。
「そっ……そうなのか」
「たぶん、向いてないとも思うしね。気ままだから、僕」
「き、気まま、か……」
「うん。一人で本を読んだり、映画を見たり、考え事するのが何より好きだから。誰かと付き合って、そういう時間が減るのが嫌なんだ」
「へ、へぇ……」
「だからまあ、もし僕と付き合ったってつまらないだろうし、需要も供給も無くて、丁度良いんじゃないかな」
「そ、そんなことは……」
そこまで言ってから、僕は自分が予定よりも多くのことを話してしまっていることに気がついた。
最近は恋愛について考える機会が増えていたから、饒舌になっていたのかも。
けれど、つまりはそういうことだ。
僕は、遊薙さんとはちゃんと恋人になれないし、彼女の気持ちも受け入れるつもりがない。
だから本当は、もっと彼女を拒絶しなければいけないんだろうけれど……。
……ダメだ。
今は考えるのはやめておこう。
人と話しながら考えられるほど簡単な問題じゃないし、僕もそれほど器用じゃない。
「御倉さんはどうなの?」
「えっ! ど……どう、というと」
「そういう、男女交際。御倉さんみたいな人でも、やっぱり憧れたりする?」
「い、いや……それは、まあ」
御倉さんはひどく落ち着かないような、迷ったような様子で、あちこちへ目を泳がせていた。
なんだろう、何か悪いことを聞いただろうか……。
「き、興味はある……のだけれど」
「へぇ。それは少し、意外かも」
「けれど……ダメなのかもしれない」
「ダメ? それって、どういう」
「……私は、相手にされないのかも」
御倉さんは深刻そうな声音でそう言ってから、すっかり俯いてしまった。
普段あんなに毅然としているのに、どうしたことだろう。
御倉さんほどの人でもダメなんて、よっぽど難攻不落の相手に恋をしているのだろうか。
まあ、彼女が好きになる男性だ。
そんな人だったとしても、不思議ではないのかもしれない。
「大丈夫だよ。御倉さんにならきっと、その人も振り向いてくれると思う」
「……ああ、そうだね」
僕のありきたりな慰めも、あまり効果はなかったようだ。
なんだかますます落ち込んでしまった御倉さんを気にしつつも、僕らはお店を出ることにした。
「それじゃあ……今日はありがとう、碧人くん」
「うん、こちらこそ。楽しかった。また、本読んだら話そう」
「そ、そうだね」
二人で歩いて、御倉さんを駅まで送った。
最後にまた別れの挨拶をして、僕も帰ることにする。
「あ、碧人くんっ!」
突然背後から声が掛かる。
振り返ると、御倉さんが両手を握りしめて、まっすぐこちらを向いていた。
「どうしたの?」
「……ま、また、学校で」
「……ああ、そうだね」
御倉さんはどこかぎこちなく笑ってから、駅の方を向いて歩いて行ってしまった。
なんだか少し心配になる。
けれど、恋愛に関しては僕はひたすらに門外漢だ。
どうか彼女の悩みが解決されますように。
そんなことを思いながら帰路に着き、カバンからスマホを出す。
と、メッセージの通知が数件、表示されていた。
いつも通りというか、やっぱりというか、特に目を引くのは遊薙さんからのもので。
『遊薙さん:電話したい』
『遊薙さん:早く見て』
『遊薙さん:好き』
相変わらずだなぁ。
僕はそう思いつつも、なんだか少しだけ元気が出たような気がして。
『帰ったら、ちょっとだけね』
それだけ返信して、スマホをしまった。
すぐに返ってくるであろう返信を見るのが、僕には恥ずかしかったのかもしれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます