016 贈り物です静乃さん


「桜庭家特製ハンバーグです。どうぞ」


 夕食時。

 藍奈あいなちゃんの提案で、私は夕飯をご一緒させてもらうことになった。


 リビングのテーブルに並んだのは、輝くデミグラスソースの肉厚ハンバーグをメインにした、色とりどりのプレートだった。

 栄養バランスも、色彩も、満足感も抜群。

 人よりも料理は得意な私ですら、感心させられる出来だ。


「藍奈ちゃんすごーい‼︎」


「ありがとうございます」


 私の言葉に、藍奈ちゃんは少しだけはにかみながらペコリとお辞儀した。

 めちゃくちゃかわいい。

 未来の義姉あねとしてなでなでしたい。


「いただきます!」


 三人で手を合わせて、ナイフとフォークを持つ。

 さっそくハンバーグを一口、食べてみた。


「おいしーい‼︎」


「よかった。お口に合ったようで」


「ホントに美味しいわよ! 中学生なのにすごい!」


「よく作るので」


「親が共働きだからね。二人ともいない日は、夕食が当番制なんだ」


 桜庭くんが説明してくれる。

 なるほど、だから今日も遅くまで、ご両親がいないってことね。


 あれ?

 ということは桜庭くんも……。

 

「兄さんは自分が当番の日でも、なかなか作らないじゃないですか」


「いや、それは……藍奈が先に作るから」


「本や映画に夢中になって、時間になっても作り始めないからです。私がやらないと、いつまで経っても食事の用意が済みません」


「集中してると時間を忘れるんだよ」


「忘れるのは自己責任です」


 藍奈ちゃんにきっぱり言われて、桜庭くんはぐぐっと押し黙っていた。

 どうやら、妹の藍奈ちゃんの方がしっかりしているみたい。


「……と、ところで、桜庭くん?」


「ん、なに」


 桜庭くんが、無表情でこちらを向く。

 線の細い顔つきだけど、吸い込まれそうな瞳と白い肌が綺麗で、カッコいい。


 好きだからそう見えてしまうのかもしれない。

 でも、だとしてもそんなことは関係がない。

 私にとっては、桜庭くんの顔が、声が、絶対一番カッコいい。

 そして、恋ってそういうものだ。

 

 だからこそ、気になってしまう。

 気になって気になって、確かめたくなってしまう。


「あ、明日の夜って……暇?」


 『明日の夜。楽しみにしてる』


 御倉さんとのメッセージのやり取りが、どうしても頭から離れない。

 でも、見てしまったことは桜庭くんには知られたくなかった。

 だから彼にバレてしまわないように、遠回しな質問だけ。


「明日の夜は……何かあった気がする」


「な、何かって?」


「うーん、なんだったかな」


「もう、なんなのー!」


「えぇ……。とにかく、暇じゃないよ。それより、なんでそんなこと聞くわけ?」


「えっ……いや、まあ、別にぃ……」


「……変な人。まあいいけど」


 だ、ダメだ……何も聞き出せそうにない。

 でも桜庭くん、明日の夜は御倉みくらさんと何かするんじゃないの?

 隠してる? それとも、ホントに忘れてるのかしら……。


「……ん?」


 妙な視線を感じて、私は顔を上げた。

 向かいに座っていた藍奈ちゃんが、じっとこちらを見ている。


 な……なに?

 いったいなんなの⁉︎


 藍奈ちゃんは私と目が合っても、ちっともそらそうとしなかった。

 かと言って何か話しかけてくることもなく、私は変なプレッシャーを感じながら、夕食を終えたのだった。



    ◆ ◆ ◆



「それじゃあ、お邪魔しました」


 すっかり辺りも暗くなり、帰らないといけない時間が来てしまった。

 結局、御倉さんのことと藍奈ちゃんのこと、二つのモヤモヤは晴れないままだ。


 でも、桜庭くんと一緒にいられたのはよかった。

 二人きりの時間はあんまりなかったけれど、なんだか少しだけ距離が縮まった気がする。


「ごめんね、送っていけなくて」


「ううん。誰かに見られちゃダメだもんね。今日はホントにありがと!」


「またね。気をつけて」


 言って、桜庭くんは小さく手を振ってくれた。

 私も笑顔で手を振り返す。

 ドアが閉まると、私はくるりと向きを変え、帰路についた。


「……はぁ」


 歩きながら、あのことについて考える。


 やっぱり、絶対に御倉さんは桜庭くん狙いだ。

 しかも、思ったよりも手が早い。

 まさか、桜庭くんともう何かの予定まで入れてるなんて……。


 しかも夜だし!

 夜って!

 なんかいやだ!

 せめてお昼にして!

 お昼もいやだけど!


「静乃さん」


 私が頭を抱えていると、突然後ろから聞き覚えのある声がした。

 振り替えると、さっき別れたばかりの藍奈ちゃんが、こちらへ駆け寄ってきているところだった。


「よかったです、追いついて」


「藍奈ちゃん、どうしたの?」


「これ、お忘れです」


 そう言って藍奈ちゃんが差し出したのは、私がポケットに入れていたはずのハンカチだった。

 どうやら夕食の時にテーブルに置いて、そのままにしてしまっていたらしい。


「わざわざ渡しに来てくれたの? ありがと……!」


「いえ。お気になさらず」


 藍奈ちゃんからハンカチを受け取って、鞄に仕舞う。

 夜道の中を持ってきてもらっちゃって、申し訳ないなぁ。


「静乃さん」


「ん、どうしたの?」


「兄さんのこと、好きなんですか」


「えぇっ⁉︎ ……えっと……その」


「隠さなくていいですよ。見ていればわかります」


 藍奈ちゃんは恐ろしいことを言って少しだけ微笑んだ。

 まさか、あの鈍感な桜庭くんの妹がこんなに鋭いなんて……!


「けれど、まだお付き合いしているわけではないんですよね」


「あー……うん、まぁ、そうね……」


 ごめん藍奈ちゃん!

 いつかちゃんと話します……!


「気をつけた方が良いです。兄さん、案外モテますから。それに、本人もあんなですし」


「……そうよね。うん、今、絶賛バトル中」


「バトル……。静乃さんと張り合える人がいるんですね」


「……正直、ピンチかも」


「応援してます、本当に。静乃さん、好きなので」


 きゅーーーーん‼︎

 藍奈ちゃん……良い子!

 妹にしたい!


「ありがとう! 頑張るね!」


「はい。では、連絡先を交換しませんか」


「いいの⁉︎ しよしよ!」


 二人で一緒にスマホを出して、私たちはお互いの連絡先を交換した。

 これで、いつでも藍奈ちゃんとメッセージができる。

 かなり心強い味方だ。


「それでは、お気をつけて」


「うん! ホントにありがと! またね!」


 藍奈ちゃんと別れて、私は再び帰路についた。

 さっきまでより足取りが軽い。


 妹ちゃんに応援してもらえるなんて、これはもう実質家族公認よね!


 “ピロン”


「あれ?」


 仕舞ったばかりのスマホから通知音が鳴る。

 誰だろう。


 画面を見ると、藍奈ちゃんからのメッセージだった。


『藍奈ちゃんさんが画像を送信しました。』


 画像……?


 スマホのロックを解除して、トーク画面を開く。

 と、そこには……。


「こ、これは……‼︎」


『藍奈ちゃん:お近づきの印に、兄さんの写真をどうぞ。去年、浴衣を着た時のものですが』


「きゃぁあああ‼︎」


 スマホの画面には、不機嫌そうな表情で紺色の浴衣を着た、桜庭くんのピン写真が表示されいた。


 私は人生で一番早い操作スピードでその写真をフォルダに保存した。


 ありがとう藍奈ちゃん……‼︎

 遊薙静乃、これでしばらく頑張れます‼︎

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