013 ついに気づいた遊薙さん


「桜庭くんと二人きりになりたい!」


 開口一番、遊薙さんはそんなことを言った。


 放課後の教室には、既に僕ら以外誰もいなくなっている。


「今なってるでしょ」


「違うの! 桜庭くんとデートがしたいの! 誰にも邪魔されずに!」


 遊薙さんは肩を怒らせて叫んだ。

 メッセージの文面から大体予想はついてたけれど、やっぱり機嫌が悪いらしい。


 まあ、僕にはあまり関係ないことだ。


「いやだよ。二人で出かけたりなんかしたら、一発で怪しまれる」


「むぅぅう……」


 遊薙さんはガクッと肩を落とした。

 両手の拳を握りしめ、プルプルと震えている。


 自分がまた、甘い言葉をかけてしまいそうになっているのに気づく。

 が、当然そんなことはしない。

 不当な要求は全て拒否すると、前に決めたばかりだ。

 いくら遊薙さんが可愛らしくたって、今の僕には通用しない。


「……あれ? 桜庭くん、今なんて?」


「え?」


「デートしたくない理由、なんて言ったの?」


 遊薙さんはおかしなことを尋ねてきた。

 僕の言葉が聞こえていたからこそ、項垂れていたんじゃなかったのだろうか。


「バレるからだよ。だからデートなんて……」


「じゃあ! 私と二人で出かけるの自体は、いやじゃないってこと?」


「……あっ」


 迂闊だった……。


「桜庭くぅぅうん!」


「うわっ! こら、こっち来るな! くっつくの禁止!」


「やだ! うわぁぁん! 桜庭くん好き!」


 腕にしがみ付いてくる遊薙さんを無理やり引き剥がして、飛び退くように距離を取る。


 あー、もう、僕としたことが。


「いやじゃない? ねぇ、桜庭くん?」


「……いやです」


「嘘だぁぁ!」


「あーもう、来るなって!」


 いったいなにをやってるんだ、僕たちは……。


 上がり切ったテンションが落ち着いてからも、遊薙さんはニヤニヤして首を揺らしていた。

 さっきまでとは打って変わって上機嫌だ。


 べつに、遊薙さんと二人で出かけること自体は、そこまでいやじゃない。

 きっと彼女と一緒なら、それなりにどこへ行っても、なにをしても、楽しめるとは思う。


 けれどそれは、なにも僕が彼女のことを好きだからとか、そういうことじゃなくて。


 ただ、そう思わせられるほど遊薙さんは明るくて、一緒にいて退屈しなさそうなのだった。


 もちろん、そんなことは本人には言わないけれど。


「うーん。でもやっぱり、二人きりにはなりたいなぁ」


「……なんでまた急にそんなことを」


「急じゃないもん! ずっと思ってたの!」


「今までは言い出さなかったじゃないか」


「さ、最近ますます思うようになったんだもん……」


「どうしてさ。学校でも、それなりに話しやすい状況になったのに」


 僕が尋ねると、遊薙さんは顔をしかめて少し黙った。

 さっぱり予測もつかないので、僕も何も言わずに待つことにする。


「……邪魔が入るから」


「邪魔?」


「邪魔! あー! 御倉みくらさん! なんでいつもいつも! あーー!」


 相変わらず賑やかな人だ。

 耳を塞いでいても充分聞き取れるので、しばらくはこれでいこう。


 それにしても、御倉さんだって?

 どうしてまた彼女が話題に上がるんだろうか。


「どうして、じゃないわよ! 御倉さんのせいで桜庭くんと全然一緒にいられない!」


「確かに御倉さんは最近よく僕に声をかけてくるけれど、べつに悪気があるわけでもないんだ。そんな言い方は良くないんじゃない?」


 僕が言うと、遊薙さんは呆れたようなジト目でこちらを睨んできた。


 なんなんだその目は。


「前から思ってたけど、桜庭くんってもしかして……」


「な……なに」


「……はぁ。もういいわ」


 なんだか不愉快な気分だ。

 けれど何か言うとまた墓穴を掘りそうな気がしたので、黙っておくことにする。


「とにかく、私は誰にも邪魔されずに桜庭くんといちゃい……ごほん、お話がしたいんです」


「なら電話でいいでしょ」


「やだ! あっ、でも電話もいいかも」


「じゃあそういうことで」


「ちょっと! だめ! 電話も今度したいけど、今はちゃんと会って話したいの!」


「無理だって。君はただでさえ目立つのに、有名人だからね」


「変装してもだめ? サングラスとマスク!」


「そんな怪しい格好の人と一緒に歩きたくないよ」


「じゃあどうすればいいのー!」


 遊薙さんは絶望的な表情で頭を抱えていた。


 大袈裟だなあ。

 べつに僕と二人で話せたからって、大した得もないだろうに。


「……あっ」


「な、なに?」


 突然声を上げる遊薙さん。

 ふつうに嫌な予感がする。


「桜庭くんと二人きりになれるけど、人に見られなくて、でもデートっぽいところ……ってことは」


「……」


「はい! 遊薙静乃、いいこと思いつきました!」


 絶対いいことじゃないでしょ、その感じ。

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