011 顔が赤いよ御倉さん
「
「いや、いいよ。都合悪ければ、あの場で断ってる」
「そうか。ありがとう」
藍色に近い深い黒髪が長く、背中まで伸びている。
キリッとした目とスッと通った鼻筋が、凛としたイメージを際立たせていた。
さすがに遊薙さんほどではないけれど、
事実、
真面目で大人っぽくて、いつも毅然としている彼女は、前のクラスでも学級委員を務めていた。
年齢不相応な落ち着きと優秀な成績、加えて思いやりのある人柄。
そんな
「ところで、手伝って欲しいことって?」
「ああ。5限の理科で実験をやるから、あらかじめ机の配置を変えておいて欲しいと、先生に言われてしまって」
ただ、彼女はその性格から、面倒な仕事や大変な作業を一人で抱え込んでしまう節があった。
それでも
「ただ、さすがに一人では大変でね」
「だろうね。わかった、二人でやろう」
「ありがとう。優しいね、
だから僕は、去年からできるだけ彼女を助けるように意識していた。
荷物を運ぶ際は半分負担したり、何かをみんなに配るときはそれを手伝ったり。
先生に雑用を頼まれると、一緒になってこき使われたりもした。
「御倉さんは、放っておいたらどんどん損をしようとするからね。別に君だけの仕事ってわけじゃないのにさ」
「そう言う碧人くんだって、いつも助けてくれるじゃないか。学級委員でもないのに」
去年から何度かそうしているうちに、僕と彼女は自然と友人のような関係になっていた。
まあ、あまり普段から一緒にいることはないのだけれど。
理科室に辿り着き、僕らは指定された配置になるように机と椅子を移動させた。
一つ一つに大した重さはないけれど、なにせ数が多い。
どう考えても、女の子一人でやる仕事ではなかった。
「御倉さんに甘えるのは嫌なんだ。それに、ただでさえ面倒な学級委員をやってくれている恩は、これくらいじゃないと返せないから」
「……そんな風に思ってくれるだけで、私はすごく嬉しいよ」
「えっ?」
机と椅子がぶつかる音で、御倉さんとの会話が難しくなる。
まあいいか。
早いとこ終わらせて教室に戻ろう。
「碧人くん」
「どうしたの、御倉さん」
ガチャガチャという騒音をすり抜けて、御倉さんの張りのある声が飛んでくる。
今度はさっきと違って、はっきりと聞こえた。
「……君は、成瀬さんに告白されたそうだね」
「えっ」
思いもよらない質問に、僕はあからさまに動揺してしまった。
なぜ、御倉さんがそれを……。
いったいどこから広まるんだか……。
「ち、違うのか?」
「いや、まあ、その、違わない、かな。あはは」
「……そうか」
恥ずかしい、というわけではないにしても、あまり居心地が良くない。
友達に自分の恋愛事情を知られるのは、やっぱり妙な気分になるもんだ。
「……確か、交際は断ったと聞いたけれど」
「あ、ああ。まあ、そうだね」
「ふ、ふぅん……」
気まずい時間が続く。
それにしても、まさか僕の返事まで知られているとは。
高校生活にプライバシーなんて、あってないようなものなのだろうか。
こうなると、僕と遊薙さんの関係もいつバレるか、わかったもんじゃないな。
「……どうして、断ったのかな? 私の印象では、碧人くんと成瀬さんは……まあ、仲が良いのかと思っていたけれど」
「いやぁ……仲は良かったんだけどね」
「じ、じゃあ、なぜ?」
更なる御倉さんからの追求に、僕は少しだけ口をつぐんだ。
なんだか、わざわざ正直に答えるのも気が引ける。
恋愛に興味が無い、と答えて話が長くなるのも嬉しくなかった。
「ま、まあ、異性として好きってわけじゃなかったから……」
「そ、そう、なのか。そうか」
「う、うん」
嘘はついていない。
それに、文句のつけようがない回答なはずだ。
ただ、どうして御倉さんが僕なんかの恋愛事情に興味を持つのだろう。
彼女は人の相談に乗りこそすれ、あまり自分から他人に口を挟まない人だと認識していたんだけれど。
「……その、なんだ。他に好きな相手がいたり、とか、そういうことでは、ないのかな?」
「えっ。……いや、違うよ」
「そっ……そうなのか」
僕が答えると、御倉さんは笑っているような悲しんでいるような、よくわからない表情をしていた。
しかし、やっぱり変だ。
御倉さんに限って、こんな質問をしてくるなんて。
「あ、碧人くんは……告白を断ってからすぐに、別の女に告白されたりするのは……嫌かな……?」
「な、なんだか不思議な質問だけど……まあ、嫌というか、困るかもね……」
「そ……そうか」
うーん、やっぱり今日の御倉さんはおかしい。
ひょっとして、彼女も恋愛で悩んでいたりするのかもしれない。
だからこうして、異性である僕の話を参考にして、何かを分析しているのかも。
……まあ、なんでもいいか。
人にはそれぞれ、いろんな事情があるものだし。
「さて、机はこれでオッケーかな」
「……うん。ありがとう、碧人くん」
「いいよ。じゃあ、戻ろうか」
「あっ!」
僕が理科室を出ようとすると、不意に左手を何かに引っ張られた。
振り返ると、どういうわけか御倉さんに袖を掴まれていた。
「ど、どうしたの? 御倉さん」
「あっ、いや……その」
「……顔、赤くない? ひょっとして、熱でも」
「な、なんでもない! すまない!」
御倉さんはそう叫んで、僕の横をすり抜けて走っていってしまった。
……なんだか、本当に様子が変だったな。
もし体調が悪そうなら、あとでまた声をかけてみることにしよう。
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