008 やっぱり甘い桜庭くん
「はぁぁあ……」
駅前のベンチに座って、私は今までで一番大きなため息をついた。
結局、私は成瀬さんの告白の結果を確かめず、
人の告白を覗き見なんて、よくない。
華澄にはそんな風に言ったけれど、それはただの言い訳だった。
私は、怖かった。
万に一つでも、桜庭くんが成瀬さんを受け入れてしまうのが怖くて仕方なかった。
私は逃げてきただけだった。
華澄は珍しく私の背中を優しく叩いてから、帰っていった。
私も帰ろう。
そう思ったけれど、なんだか心細くて、私はまだこうしてベンチから動けずにいるのだった。
「あぁ……神さま」
桜庭くんが断ってくれているのを、祈るしかなかった。
たしかに彼は、成瀬さんとは付き合わない、と言っていた。
けれどそれでも安心できないくらい、今日の二人はいい雰囲気だった。
「お似合い」。
華澄の言葉が何度も頭の中に響いて、そのたびに私は胸が苦しくなって、涙が出そうになる。
成瀬さんと桜庭くんは、本当にお似合いだった。
じゃあ、私は?
私と桜庭くんは、どうなんだろう。
そんなことを考えて、私はまた動けなくなる。
やっぱり、行かなければよかった。
そうすれば、ここまで沈んだ気持ちにならなくて、済んだのかも。
「あれ……
「えっ……?」
突然かけられた声に、私は顔を上げた。
だけどこの声は、間違いない。
私が聞き間違えるわけがない。
「桜庭くん⁉︎」
「……どうしたの、こんなところで、一人で」
途端、私は桜庭くんに抱きつきたい衝動に駆られた。
抱きしめて、大声で泣き叫びたかった。
でもそんなことをしたらまた、困らせる。
桜庭くんは不思議そうな顔でしばらく私を見ると、なぜか私の隣にすとんと腰を下ろした。
「……なにか、あった?」
「えっ? う、ううん……べつに」
桜庭くんの優しい声。
私を心配してくれている顔。
嬉しくてたまらない。
でも同時に、私はますます桜庭くんの、成瀬さんへの返事が気になってしまった。
聞きたい。
でも聞いたら、見てたのがバレてしまう。
きっと桜庭くんは、嫌な気持ちになるだろう。
もしかしたら、私のことを軽蔑するかもしれない。
それだけは絶対に、いやだ。
「……ぐずっ」
気づけば、私は泣き出してしまっていた。
桜庭くんに気づかれたくなくて、必死に涙を押さえ込む。
だけど、ダメだった。
「ゆ、遊薙さん? どうしたの?」
「な、なんでもない……!」
「なんでもないわけないだろ……」
桜庭くんは少しだけ慌てていた。
私のためにそんなふうに焦ってくれるのが嬉しかったけど、それ以上に申し訳なかった。
突然、私の目尻に何かが触れた。
桜庭くんの手に握られた、青いハンカチだった。
「何があったかはもう聞かないけど」
「……」
「でも、泣き止んで欲しい。僕でよければ、しばらく一緒にいるから」
その時、私は心の底から確信した。
自分はやっぱり、この人が好きで好きで仕方ないんだと。
この人じゃなきゃ、ダメなんだと。
「うっ……うわぁぁぁあん!!」
「えっ! なにっ! 急にどうしたんだよ⁉︎」
「ごめぇぇぇえん‼︎」
「え? えぇ?」
私はまるですがりつくように、桜庭くんに抱きついてしまっていた。
同時に涙がどんどん溢れてきて、もう何が何だか分からなくなっていた。
「私、今日桜庭くんが成瀬さんと出かけるの知っててぇ……ぐずっ。心配で心配で……こっそり見に行っちゃってぇ……」
「な、なんだよそれ……」
「ごめんんん‼︎ それですごく不安になっちゃってぇ……ぐすっ。しかも最後に、成瀬さんが……こ、告白を」
「……そんなとこまで見てたのか」
「うん……でも、怖くて……。最後まで見れなくて……ここで、一人で……」
限界だった。
私は突き放されないのをいいことに、すっかり桜庭くんにしがみついていた。
きっと、色んな人に見られてたと思う。
でもそんなこと、気にしていられなかった。
「……君って人は、なんて言うか」
「……なに?」
「……どうしようもない人だね」
「だ、だってぇ……」
やれやれ、と桜庭くんが首を振るのがわかった。
だって、しょうがない。
あなたが好きだから、こうなってしまうんだ。
「……付き合わないよ」
「……えっ?」
「成瀬さん。告白されたけど、断った」
「……そ、そっか」
全身から力が抜けていくのがわかった。
安心と、少しの罪悪感と。
だけどやっぱり、嬉しかった。
私は、嫌なやつだ。
「って言うか、前にも言ったよね」
「だって! ……今日楽しそうだったから、桜庭くん」
「楽しかったよ。でも、それが成瀬さんと付き合う理由にはならない。成瀬さんのこと、好きってわけじゃないし。それに……」
「……それに?」
「……僕は、まあ、一応、君の……彼氏だから」
照れたように口元を手で隠して、桜庭くんがボソッと言った。
「……だからそんなに心配しなくても、君に断りなく別の人と付き合ったりはしないよ。でも、行動を変えたりはできないから、
自分の涙がスーッと、引いていくのがわかる。
それから、今度は違う涙がぶわっと溢れてきて、私はまた大声で泣いた。
「桜庭くぅぅぅん‼︎ 大好きぃぃいいい‼︎」
「ちょっと! 声大きいって! ここどこだと思ってんの! バカ!」
「バカでもいい‼︎ ホントに好きぃぃいい‼︎」
「僕が良くない! ほら、静かに!」
嬉しくて嬉しくて、私は笑いながら泣いた。
本当に私には、この人しかいないと思った。
だけど同時に、また不安になる。
やっぱり桜庭くんは、モテるだろうなぁ。
桜庭くんに背中を撫でられながら、私はこれから先の苦労を思って、ますます強く彼を抱きしめた。
誰にも渡さない。
そして、絶対に私のこと、好きになってもらうんだから!
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