007 尾行中です遊薙さん
「ね、ねぇ、ホントに行くの?」
普段あんまり乗らない電車に揺られながら、華澄に聞いてみる。
「あのままカフェにいても、どうせずっとうじうじしてるだけでしょ。場所がわかってるんだから、行っちゃえばいいんだよ」
「で、でも……もし見つかったら桜庭くんに怒られるかも……」
「べつに、こっちも二人で遊んでたことにすればいいじゃん。いくらでも誤魔化せるよ」
「でもでも! 桜庭くんのデートなんて見たら私、泣くかもしれないし……」
「あーもう、でもでもうるさいなぁ。もう電車乗っちゃったんだから、今さらぶーぶー言わない」
「う、うん……」
華澄はいつもの眠そうな目で私を睨む。
相変わらずこの親友は、言うことが辛辣だ。
まあでも、たしかに色々と華澄の言う通りかもしれない。
私は覚悟を決めて、ぎゅっと拳を握りしめた。
目的の中央駅に着いて、私たちはそこから直結してる駅ビルを目指した。
たしかこのビルの上に、大きな本屋さんがあったはず。
「き、緊張してきた……」
「大袈裟だなぁ。ちょっと覗くだけじゃん」
「な、何か起きるかもしれないじゃない! こ、告白とか……」
「その時はまあ、その時……あっ」
突然、華澄が声を上げた。
「いた。隠れて」
「ええっ! どこ!?」
「いいから、早く」
急いだ様子の華澄に押しのけられるように、私は物陰に身を隠した。
華澄が少し遅れてついてきて、顔を二段重ねにして外の様子を窺う。
「……あっ」
いた……。
桜庭くんと成瀬さんは、ちょうどチェーンのイタリアンのお店から出てきたところだった。
本屋さんに行くって話だったのに、お昼まで一緒に食べてるなんて……ずるい。
「おー。成瀬さん、気合入ってるぅ」
「……」
華澄の言う通り、成瀬さんは学校で見るような素朴な感じとはずいぶん違っていた。
可愛らしい白いワンピースを着て、髪型もいつもと違うゆるふわ系。
たぶん、ちょっとだけメイクもしてると思う。
間違いなく、普段よりもずっと頑張っていた。
やっぱり、そうなんだ。
私は確信する。
成瀬さんは、桜庭くんのことが好きだ。
そしてやっぱり、これはただの買い物じゃなくて、デートなんだ。
二人はなごやかなムードで並んで歩いていた。
楽しそうに話しながら、一緒にエレベーターに乗り込む。
私は物陰から動くことができず、しばらくぼぉっとしてしまった。
「うーん、これは静乃の読み通りかもね」
「マズイわ……ピンチよ……かつてないほどピンチ」
「はいはい。で、どうするの? 帰る?」
「ど、どうして帰るのよ! 追いかけるわよ!」
「やっぱり気になるんじゃん」
小走りで駆け出す私の後ろで、華澄が呆れたような声を出した。
そんなこと言われたって、ここまで来ちゃったらもう、帰るなんてできないもの。
◆ ◆ ◆
「あ、いた。静乃、こっちこっち」
手招きしてくる華澄のそばに移動して、また物陰から様子を見る。
と、ホントにいた。
成瀬さんと桜庭くん。
二人は順番に本棚を見ているようで、棚の本を指差したり、ペラペラとめくったり、静かだけど楽しそうだった。
ちなみに、本屋さんにはカフェやレストランが合体していて、中はけっこう賑やかだ。
おかげで私たちの会話が桜庭くんたちに聞こえることはないけれど、向こうの声も聞き取ることはできそうにない。
「なに話してるのかしら……」
「そりゃあ、本のことでしょ」
華澄がなんの気無しに答える。
たぶん、そうなんだと思う。
でも、私にはそれが気になって仕方なかった。
と言うより、私が聞けない桜庭くんの話を、他の女の子だけが聞いてるという状況が、私にはどうしようもなく辛かった。
「でもやっぱりお似合いだね、あの二人」
「……そんなことないもん」
「そうかな? 身長差もいい感じだし、お互いリラックスしてるように見えない?」
「そんなことないもん! そもそも桜庭くんの彼女は私なんですけど!?」
「無理やり彼女にしてもらっただけだけどね」
グサっ。
自覚してることとは言え、改めて言われると心にくる……。
っていうか……。
「なんでそんな意地悪言うのよ!」
「いやぁ、焦ってる静乃が可愛くて、つい」
「可愛くない!」
怒鳴りながらも、私は思い出していた。
そういえば、華澄はこういう子だったわ……。
それから数時間、私たちは桜庭くんたちを尾行し続けた。
けれど特に目立った動きはなくて、二人はただ黙々と本を見ていた。
疲れて途中で注文した飲み物を私たちが飲み干した頃、やっと二人は全ての本棚を見終わったらしかった。
「結局、本選んでただけだったね」
「う、うん」
数冊の本を抱えて、二人は一緒にレジに並んでいた。
どうやらいくつか、気に入った本があったみたい。
「まあよかったんじゃない? 何も起きなくてさ」
「……そうね」
会計を終えて、二人はまたエレベーターに乗り込んだ。
ドアが閉まる直前、成瀬さんの本を持ってあげようとする桜庭くんの姿が見えた。
照れたように、そして嬉しそうに頬を染める成瀬さん。
「おー、紳士だね、桜庭くん。普段は冷たい感じするのに」
「そうよ。彼、本当はすごく優しいんだから」
「なに彼女みたいなこと言ってるんだか」
「彼女だもん!」
「はいはい」
今日だけでも何度したかわからないそんな口論をしながら、私たちもエレベーターでビルを降りる。
ドアが開くと、少し遠くに桜庭くんたちの姿が見えた。
どうやらこのまま帰るみたいだ。
「私たちも帰りましょう。バレないように」
「だねー」
辺りは徐々に暗くなってきていた。
早く帰って、桜庭くんとメッセージがしたい。
でないと、今日はとてもゆっくり眠れそうにない。
「あれ? なんか立ち止まってない?」
「えっ」
見ると、駅の前で二人が向かい合っていた。
もじもじと身体を揺らす成瀬さんと、困ったように頭を掻く桜庭くんが見える。
「あれって……」
「……まさか」
私はあの雰囲気をよく知っている。
成瀬さんのあの、思い詰めたような表情。
硬く握った両手。
泣き出しそうな目。
あれは……間違いなく……
「……告白?」
私はこの時、生まれて初めて人の失恋を願った。
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