006 ずばり言います白戸さん


『一番仲の良い友達にだけ、桜庭さくらばくんとのこと話してもいい?』


『いいけど、一人だけね』


『やった! ありがと!』


『口止めはしておいて』


『はい、わかってます!』


 桜庭くんとそんなメッセージをした、次の日。


「で、それが私ってわけか」


「う、うん」


 駅前のカフェに、私こと遊薙ゆうなぎ静乃しずのは親友の白戸しらと華澄かすみを呼び出していた。


 華澄かすみはあまり目立つタイプじゃないけれど、落ち着いてて頭が良くて、頼りになる。


 女の子っぽくないあっさりした服装でやってきた華澄は、私の話を聞いても驚いた様子ひとつ見せなかった。


「それ、桜庭くんに迷惑じゃない?」


「うっ……」


 華澄のストレート過ぎる指摘に、私は自分の気分がズーンと沈むのを感じた。


 さすが華澄、最初から切れ味抜群ね……。


「し、しょうがないでしょう? そうでもしないと、ホントにフラれておしまいだったのよ!」


静乃しずのとすら付き合いたくないって言うなら、ホントに恋愛に興味ないんだよ。あんまり無理言っちゃ桜庭くんもかわいそうだと思うな」


「な、なんでそんなこと言うのよ!」


「だって、ねぇ」


 綺麗に切り揃えられた黒髪から、華澄の眠そうな目が覗く。

 

 もちろん、そんなことはわかってる。

 わかってるけど、それでも私は桜庭くんを諦めたくないんだ。

 少しでも振り向いてくれる可能性があるうちは、そのチャンスにしがみつきたくなってしまう。


「べつに桜庭くんじゃなくっても、静乃なら選び放題でしょ? 他にもいい人、いるんじゃない?」


「いないわよ。桜庭くんじゃなきゃだめなの。他の人には興味ないの」


「……ふーん」


 そうでなければ、私はこんなに悩んだりしない。

 桜庭くんしかいないからこそ、私はこんなに無茶をしてるんだから。


「どこがそんなに好きなの?」


「全部よ。優しいところも、カッコいいところも、冷たいところも」


「おバカみたいな答えだなぁ」


「な、なによ!」


 呆れたような顔をする華澄。

 私が睨んでも、ちっとも悪びれた様子がない。


「なにかきっかけがあったの?」


「そ、それは……まあ、うん」


「へぇ、どんな?」


「こ、今度話すわよ……」


「なんでさ」


「は、恥ずかしいんだもん……」


 私が言うと、華澄はやれやれという様子で首を振った。

 けれど、それ以上追求しないでいてくれるあたり、やっぱり華澄は親友だ。


 話せば長くなる、桜庭くんを好きになったきっかけ。

 今華澄に話すのは、まだ少しだけ恥ずかしい。


「でも桜庭くんって、モテるよね」


「そう! そうなのよ!」


 華澄の言葉に、私は思わず大きな声で同意してしまった。

 耳を押さえながら、ジト目で私を見る華澄。


「私の知ってる子もひとり、桜庭くん気になるって言ってたし」


「え!? どこの誰!? どんな子!?」


「それはさすがに言えないけどさ」


「うぐぐ……」


 胸が締め付けられて、苦しくなる。

 桜庭くんがモテることは、充分わかってるつもりだ。

 けれど、やっぱりそれを実感するのは怖い。

 不安になるし、焦る。


「静乃みたいに大人気、って感じじゃないけど、密かに人気あるよね、桜庭くん」


「そう。だからマズイのよ、実際……」


「いやぁ、静乃が他の女の子に負けるなんてこと、ないない」


「わかんないでしょ! そんなの!」


 私が反論しても、華澄は緊迫感もなくニヤニヤと笑っていた。


 自分で言うのもアレだけれど、たしかに私はモテる。

 美形同士の両親のおかげで顔はかなり整っていると思うし、スタイルだって悪くない。

 実際、高校に入ってからももう、何度も男の子に告白されている。

 まあ、未だに誰かと付き合ったことはないんだけど。


 でも、それとこれとは話が別だ。

 桜庭くんに外見という武器が通じない以上、私にはなんのアドバンテージもない。


 それに……


「桜庭くん、たぶん今日、女の子と出かけてる……」


「えっ、なにそれ」


 さすがの華澄も、これには興味を持ったみたいだった。

 少しだけ身を乗り出して、答えを催促してくる。


 私が入手した情報によると、桜庭くんは今日、例の成瀬なるせさんと二人で本屋さんに出かけるらしかった。


 私という彼女がいるのに!

 ……なんてことは言えるわけがない。

 それに、桜庭くんの好きなことの邪魔だって、私はしたくない。


「成瀬さんって、前にうちの教室に来てた子だよね。あれはその相談だったってことか」


「そうみたい……」


「あー。だからあの時の静乃、あんなに機嫌悪かったんだね。何事かと思ってたよ」


 華澄は納得したように頷いていた。

 どうやらはたから見ても、私の怒りは隠せていなかったらしい。


「成瀬さんはマズイのよ……。ああ見えて意外と積極的だし、可愛いし、桜庭くんと趣味も合うし……」


「うん。お似合いだよね」


「華澄ぃぃい!」


「あー、ごめんごめん」


 涙目になる私の頭を、ぽんぽんと優しく叩く華澄。

 本当にこの親友は容赦がない。


「どこの本屋さん?」


「……中央駅のビルの上」


「あー、あるねぇ、本屋さん」


「もう、ホントやだ……。あーー、どうしよう。桜庭くん、お願いだからなびかないで……」


「大丈夫だって。心配性だなぁ」


 そう言うと、華澄はなぜだか、目の前にあったミルクティーをズズッと飲み干してしまった。

 それからスッと立ち上がって、伝票を持って歩き出す。


「ど、どうしたの華澄? もう行っちゃうの?」


「なに言ってんの。一緒に行くよ」


「い、行くって……どこに?」


 私の問いかけに、華澄は口元を少しだけ上げて、なんとも頼もしい、そしてちょっとだけ怖い笑顔を作って、言った。


「桜庭くん尾行作戦」

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