004 こっちを見ている遊薙さん


『明日の昼休みに、本屋さんの予定話せないかな?』


『いいよ』


『やった! それじゃあ、お弁当持って桜庭さくらばくんの教室行くね!』


 成瀬なるせさんとメッセージでそんなやりとりをした、翌日の昼休み。


「桜庭くんっ」


 成瀬さんは終業のチャイムが鳴ってすぐ、うちの教室に現れた。


 穏やかそうな可愛らしい顔と、小柄な体型。

 茶色がかったボブカットを揺らす彼女には、今日も学生服がよく似合っていた。


 そういうこと・・・・・・目敏めざと和真かずまによると、男子諸兄からの人気もなかなかのものらしい。

 成瀬さんは内面も素敵な人だから、それも頷ける話だ。


「わざわざありがとう。僕がそっちへ行っても良かったんだけど」


「う、ううん、そんなの気にしないで!」


 言いながら、成瀬さんは空いていた僕の前の席に座って、椅子をこちらに向けた。

 一つの机に二人でお弁当を広げる。

 少し窮屈だけれど、なんとかなりそうだ。


「せっかくなら大きなところに行きたいな」


「そうだよね! 中央駅まで電車で行く? 駅ビルの上に本屋さんあるし」


「いいね。この辺りだと、そこが一番大きそうだ」


 成瀬さんとの話し合いは実にスムーズだった。

 これならあっさり予定も決められそうだ。


 その時、教室の外がやけにざわつくのがわかった。

 成瀬さんと顔を見合わせてから、二人でそちらを見る。


 僕はこの空気を知っている。

 これはきっと、いや間違いなく、彼女だ。


「あ、遊薙ゆうなぎさん! どうしたの?」


「ホントだ! 遊薙さんだ! うちのクラスに用?」


「ええ、少し友達に会いにね」


 クラスの女の子たちに声をかけられながら、遊薙さんがうちの教室のドアをくぐった。

 途端、ばっちり僕と目が合う。


 またこのパターンか……。

 頼むから、今度は手を振ったりしないでくれよ。


 しかし遊薙さんの反応は、僕が予想していたものとはずいぶん違っていた。


「……ん?」


 遊薙さんは一瞬だけぱぁっと笑顔になったかと思うと、僕の少しだけ横に視線をずらしてから、突然悪鬼羅刹あっきらせつのような顔になった。

 けれどすぐにそっぽを向いて、この席からは遠くにある、彼女の友達らしい女の子の席の前に座った。


 今のは、いったいなんだったんだろうか……。


「な、なんか私……遊薙さんに睨まれた……ような」


「……気のせいじゃないかな」


 なんとなく理由は想像できなくもないけれど、今は気のせいだということにしておこう。

 同じ部屋に遊薙さんがいるだけでもあまり嬉しくないのに、これ以上気にしていたらやりずらくて仕方ない。


「うおおお! 遊薙さんがうちのクラスに! なんてラッキーなんだ!」


 大袈裟なことをいたって真面目そうに叫びながら、和真かずまがこちらへやって来た。

 相変わらず騒々しいやつだ。


「あれ? なんだよ碧人あおと、成瀬さんとデートでも行くのか?」


 和真は僕らを見つけると、ニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべながら声をかけてきた。


「でっ!? ち、ちがうよ! 一緒に本屋さんに行くだけ! やめてよ瀬尾せおくん!」


 ぶんぶんと首を振って否定する成瀬さんを尻目に、僕は黙ってお茶を飲んだ。

 和真の勝手な憶測なんて、いちいち訂正していたらキリがない。


「なーんだ。てっきり碧人あおともついに目が覚めたのかと」


 和真はつまらなさそうにそんなことを言った。

 残念ながら、僕は常に目が覚めてるんだよ。


 それにしても、和真と成瀬さんは知り合いだったのか。

 さすがは顔の広い和真、交友関係の範囲が測れない。


 ふと気になって、僕は横目で遊薙さんの様子を窺ってみた。

 すると彼女は、普段からは想像もできないような黒いオーラを出して、こちらを睨みつけていた。

 正確には、どうやら成瀬さんを見ているようだ。


 対する成瀬さんは小さな口で卵焼きを頬張り、実に幸せそうだった。


「それじゃあ、いつにしよっか?」


「え? あ、あぁ。次の日曜日なら、僕は空いてるよ」


「ホント? 私もその日は大丈夫!」


「それじゃあ日曜日にしようか。お昼からでいい?」


「うん。あっ……よ、よかったらお昼ご飯も……一緒に食べない?」


「ああ、いいよ。それじゃあ、お昼前に会おうか」


「う、うん! そうする!」


 そんなこんなで、成瀬さんとの予定はぱぱっと決まったのだった。


 残りの時間は成瀬さんや和真と世間話をして、僕の昼休みは過ぎていく。


「……ん?」


 スマホが震える。

 メッセージの通知だった。

 送り主は、『遊薙さん』……。


『放課後会いたい』


 またチラリと、遊薙さんの方を見てみた。

 遊薙さんは、今度はしっかり僕の方を見て、怒ったようにスマホを握りしめていた。


『どうして』


『どうしても! 絶対!』


『理由を聞いてるんだけど』


『会ってくれなきゃ死んじゃう』


『死なないよ』


 そこまで返したところで、視線の先の遊薙さんは目を潤ませて口をへの字に曲げてしまった。

 今にも本当に泣き出してしまいそうだ。


 ……仕方ないな。


『17時に、この教室で』


 そうメッセージを送信すると、遊薙さんは安心したように微かに頷いた。


 今日の放課後はまた、一段と骨が折れそうだ……。

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