四匹目

時の化石 前編

 やっと眠れる。理由はもう説明する気力もないけれど、尾人の目があって魔法で直せない屋根がようやく塞がったし、叫び声も聞こえなくなった。ノウミは虫の話を聞く以外の全ての事を頑張ってくれているし、虫たちも何とか落ち着いてきた。

 僕は特上の香を聞きながら、ノウミが天日干しをしてくれてフカフカの布団に包まる。


 三日は寝てやろうと誓って目を閉じる。

 けれど愚痴や悩みを聞き続けてすっかり後ろ向きな感情に引っ張られている僕は、どうしても過去を思い出してしまう。

 あぁ、もうあの夜の足音が聞こえてきてしまった。

 随分と夢見が悪そうだと思いながらも強烈な眠気に逆らえない僕は、化石となって消えてくれない過去に沈んでいく。



 蚊のうるさい蒸し暑い夜だ。僕は耳元のブンブンという羽音と足の痒みに耐えている。おかげで開いた書物の内容も頭に入ってこない。

 チリチリと虫が鳴く。

 あいつらは気楽でいいなと思っていると、その鳴き声に足音が混じる。トタン、トタン、ギシッ、ギシッと重い足音が二つこちらに近づいて来る。

 僕は文机に本を置き、襟裾を整える。

 月明かりが入り込む障子に影が差すと、まもなく声がかかる。


「夜分に失礼いたします。討伐隊一班、班長」

「同じく二班、班長です」

 僕は軽く返事をして障子を開ける。そこには眉間に皺を寄せる二人の男がいた。この二人は確か僕の二つ下。魔法だけでなく体技にも優れた実力者だ。


「どうしたの?」

「はい……」

 二人は押し黙ってしまう。

「入る?」

「いいえ。すみません、実は明日の作戦の事なのですが」

 二班の実直そうな男が切り出すが、その後がまた続かない。言い難い本題に入ったのは一班の神経質そうな男だ。


「三十名では無謀ではないでしょうか? 隊員たちにも不安が広がっています。いくら二体とはいえ相手は大蜥蜴。それも空中都市にまで迫る勢いで成長していると言うではありませんか。せめて上級魔法師をあと十名は都合して頂きたい」

 僕は溜息を飲み込んで微笑む。


「不安な気持ちは分かるけれどね、空中都市に十名、手薄になる国内の守りに十五名。これ以上は無理なんだよ」

「ならば近隣国に応援を頼んで、それから討伐という訳には参りませんか?」

 食い下がるのは二班の男。僕はその言葉に首を横に振った。

「怯えて討伐させてくれない近隣国が、やっと納得してくれたんだ。これ以上はあの魔物たちを放置できないしね。分かってくれないかな?」

 そう頼むと納得できない様子で、それでも二人は頷いた。


 国境の谷で急速に成長した二体の大蜥蜴の魔物。どういう訳か、谷の深さを越える大きさに成長するまで誰にも見つからなかったと言う。

 谷の上には空中都市が浮かんでいる。そもそも空中都市は争いが嫌いで空に逃げた者たちの国だ。応援など出すはずがない。魔物も生きているのだから討伐は人間の身勝手である、というのが彼らの言い分だ。


 さらに問題なのは隣の小国、ビス。

 自分たちの国に被害が出たらどうしてくれる、放置しておけばどこかへ行くかもしれないだろう、我が国は小国であるから一人も死傷兵を出す訳にはいかない。

 そんな、それこそ身勝手も甚だしい事ばかり言っていて全く話が進まなかったのだ。


 それが『討伐作戦の間、僕がビス国内に留まる』という条件で納得してくれた。

 僕は参謀であって上級魔法師ではないし、たいして戦いの腕がいい訳でもないのだけれど、それでもいいと言ったので条件を飲んだ。

 ふた月かかってやっと討伐を決行できると言うのに、今度は自国の隊員たちだ。


「作戦指示は全員が守らないと失敗してしまう。すぐに応援に行けるようにと、空中都市の十名には伝えてあるから。あんな魔物が暴れ出したら危険だって分かるよね? もう時間がないんだよ」

「承知いたしております。作戦前夜に大変申し訳ありませんでした」

「いいんだよ。魔物は魔法を使えないんだから、分は人間にある。大丈夫だよ。本当に厄介なのは魔物ではなく人間なのだからね」

「はい……失礼いたします」


 来た時と同じ重い足取りで、二人は帰って行く。僕はそれをホッとして見ている。

 少しでも寝なければと焦っていた。

 早朝、それぞれの持ち場に転送移動する兵たちを見送り、最後に国王へ挨拶をする。

 それから僕は小国ビスへ飛んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る