マリリン、話を聞く


 口が開きっぱなしになるのも無理ないわよ。お姉様の腕ほどもある牙が丸見えになっちゃってるけど、気にしてられないわ。


 そんなあたしから目を逸らすように、お姉様は長い睫毛を伏せた。


 レディらしからぬ顔を向けてはしたないと呆れているのかと思ったら、そうではなくて。



「…………私は数年前まで、とある国の王女だったのだ」



 絞り出すような声で明かされたお姉様の身の上に、あたしは口だけじゃなく、コンプレックスの一重の目まで大きく見開いてしまったわ。


 王女、ということはやっぱりお姫様だったのね! そうよねそうよね、だってえもいわれぬ気品があるもの!!



「先祖は国の危機を救い、勇者と呼ばれて神のように崇められていたという。だが、それも昔のこと。勇者としての力など持ち合わせず、ただ王家として居座っていた我々一族は隣国の裏切りにあい、国を追われた。私だけは命からがら逃げ延びたが、他の家族達は捕らえられたか、処刑されたか……恐らく無事である希望は薄いだろう」



 うう……憂いの表情もお美しくていらっしゃるけれど、とても辛い思いをされたのね。


 涙こそ流していなかったけれど、お姉様はきっと心で泣いているんだと思う。必死に堪えて話してくださっているんだとわかったから、あたしも今度は口を閉じて嗚咽を我慢したわ。



「唯一、城から持ち出せたのは、我が家に伝わるこの勇者の剣のみだった。それからこの剣を手に勇者を名乗り、国の再建を目指して仲間を募る旅をした。しかし敵国は他の国とも同盟を結び、押しも押されもせぬ強国となっていた。賛同して付いてくる者も得られず、私は困窮を極めた」



 えっとぉ……マリリン、おバカさんだから難しい話は理解できないけど、宝物の剣を持って逃げたまでは良かったけど、そこからが大変だったってことね?



 …………ん? あれ、あたし……その大事な剣を折っちゃった、よね?


 ウソウソウソ、どうしよう!?



「あの……その剣についてですが……」


「いいんだ、これはここで折れる運命だったのだ。取り乱してしまって、すまなかった」



 柄だけになった剣を見て、お姉様は苦笑いしたけれど優しく許してくれたわ。


 苦笑いでも、笑顔は笑顔よ。お姉様が初めてあたしに笑いかけてくださった! はぁぁん、嬉しいーー!!



「もう諦めようかと思った矢先に、私はこの山の伝説を知った。ここには強大な魔王が住んでいるらしい、と。その噂を聞いて、思ったのだ。強大なる魔王を倒せば、皆の心を掴むことができるだろう。そうなれば、国の再建も夢ではなくなるのではないかと」



 うーん……ここには確かに、兄弟のマオウ家のドラゴン族はたくさんいるわ? お父様もマオウ家の長男だしね。


 でもあたし、全力で飛び付いて抱き着いてはうっかり何度も倒してるけど、誰かの心を掴んだ覚えはないのよね。お姉様ったら、ドラゴンに夢を抱きすぎよ。きっとあたしと同じ、夢見がちな乙女なのね。



 それにしてもお姉様、本当に自分の国を愛してらしたのね。気持ちはよくわかるわ……あたしだってこの山が誰かに取られたら、薙ぎ倒して踏みつけて噛み千切って沈めて燃やして焦がして、存在を欠片も残さないくらいに抹消して取り返すもの。



「それで……私を嫁にしてくれるんだよな? あの、不束者だが、よろしく頼む」



 そ、そうだったーー!


 お姉様の悲しいお話で忘れかけていたけれど、お嫁さんの件をちゃんと話し合わなくちゃ!



「あのぉ……ヨメとは、お嫁さんのことでいいんでしょうか?」



 ついついウィスパーボイスになったのは、お姉様を気遣ってというのもあるけど何より恥ずかしかったからよ!




「それ以外に何がある。大体、お前の方からプロポーズしてくれたんじゃないか」




 ところがお姉様ったら、あっさり頷いて…………っえええええ!? ああああたしが、お姉様にプロポーズしたってえええええ!?



 待って待って待って、もしかしてお父様が教えてくださったあの言葉って、もしや……!



「世界の半分をやろうということは、生の世界と死の世界に二人が分かたれても共にあろうということだろう? なかなか洒落たプロポーズだ」



 せ、世界の半分って、そういう意味だったの!?



 確かに変な言い方するなぁとは思っていたけど…………嘘でしょ、知らなかったーー!!



 お父様ったら、何で言ってくれなかったのよ!

 あの言葉は友好を求めるんじゃなくて、愛の告白なんじゃない!!

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