閑話 その4 とある王宮内のゴミ掃除

 謁見の間では、パーティが大々的に開かれていた。これは第3王女アンジェリーナが王宮のダンジョンを踏破して数多くの魔石を持ち帰ったことによるものだ。ここに呼ばれたものは王家では王宮貴族と呼ばれる領地を持たない貴族が大多数を占めていた、というよりもとより王宮貴族しか呼ばれておらず、後は2人の王子くらいなものだろうか。料理はかなり豪華なものとなり、王宮の財政が心配になるほどの出費だったが、これから起こることもあってか、宰相を始めとした大臣達は問題ないとばかりにその出費を認めていた。



 名目的には、多量の魔石を持ち帰ったことにより、この国の財政に大きく寄与する祝いとなっているが、その裏にはこれを期に財政難の大本である王宮貴族の粛正がこのパーティの主目的であった。粛正すべき王宮貴族達の不正となる証拠は実は以前から集められており、ほぼその全てを押さえていたが、排除する名目が立たなかったので、行動に移せないでいた。しかし、国王の命令を無視するかのごとく、アイスに対しての行動自由を通達し、その上念を入れてお墨付きを与えたにも関わらず牢へと放り込んだことにより国家反逆罪として適用することにより行動できるようになったのだ。



 パーティは和気藹々とした雰囲気の中で行われており、裏の目的を知らない者達は気付かなかった。その中で国王が現れると、話し声が一斉に消えて、静寂が訪れた。静寂とはいえ空気は和やかなままであった。



「皆のもの、楽しんでいるかな? 此度のパーティは諸君らも知っての通り、我が娘アンジェリーナが率いる戦姫のメンバーが王宮のダンジョンで大量の魔石を持ち帰ったことで、我が国も大いに発展すること間違いなくその祝いとして開いたものだ。また、この後この国にとって誠に喜ばしいことが起こることをその時に発表する。精々楽しんでもらえるよう期待する。」



 やはり王宮貴族達は無能の集団であった。国王の最後の言葉に顔色を変えた者はほとんどいなかった。



 パーティは盛況のうちに終わり、メイド達が急いで料理や飲み物を片付け、テーブルを撤収してかなりのスペースが確保できた。これから国王から発表があるとのことで、宰相は貴族達を並ばせて、扉から多数の衛兵がこの謁見の間に入って来ると、衛兵達はあらかじめ決めておいたであろう場所に各々移動していった。貴族達の前には左からアンジェリーナ、宰相、離れて第1王子、第2王子と並んでいた。



 ある程度落ち着いてから「国王陛下ご来場」という声がすると、全員頭を下げた状態になり、貴族と対面にいた宰相および意王族達は回れ右をして頭を下げた。そのあとに国王が入ってきた。



「皆のもの、頭を上げよ。」



 その合図に貴族達は一斉に頭を上げる。



「さて、先程も伝えたとおり、これから我が国にとって誠に喜ばしいことが起こる。だが、その前に話しておきたいことがある。王子アテイン並びにホンダム公爵よ、お前達が我が命を無視してアイスという冒険者を牢に入れたのは間違いないな?」



 アテイン王子とホンダム公爵は国王がいつもの優しげな口調ではなく、冷酷な感じで問いかけてきたことに驚いていた。しかし、「我が命を無視して」という部分には全く気付いておらず、アイスを牢に入れた部分のみに対して最初にアテイン王子が答えてきた。



「ええ、彼は私からの依頼を断った上に貴族に対して失礼な態度を取ったのです。貴族に対して失礼な態度を取るということは、これは国に対する反逆も同様なのです。それがどうしましたか?」



「その通りでございます。依頼条件に納得がいかないからと、我が息子ドノバンがわざわざ平民風情に交渉に向かってやったにもかかわらずの狼藉、十分罪に当たると判断致しました。」



 何を当たり前のことをと言わんばかりの態度で2人とも答えていた。



「そうか、余は、そち達が時間を指定したにもかかわらず遅れてきた上に、それを詫びもせずそれが当たり前のような態度をしていたと聞いたのだが、それについてはどうなのか?」



 王は納得するどころか、更に低いトーンで2人を問い詰める。



「い、いえ、ドノバンが時間を遅れて来たというのは初耳でございます。しかし、貴族に対して反抗的な態度を取ったのは事実でございます故、、、。」



 しどろもどろになったホンダム公爵に対して国王が更にたたみかけていく。



「で、そちはアイスは国家反逆罪に当たると申したが、それ以前にそちが我が命を無視してアイスを牢に入れたことを指示した方が国家反逆罪にあたるのでは? 冒険者アイスに対して行動の自由を認めると全貴族に通達しておるが? そちは公爵であるから間違いなく伝わっておる、いや、仮に伝わっておらずとも布告を確認するくらいのことはして当たり前だと思うが、その点については?」



 ホンダム公爵は反論できず、口をつぐんだ。その顔色は青くなっていた。そこで助け船を出すようにアテイン王子が王に話した。



「たかが一冒険者に対して、その布告はあまりにも行きすぎております。」



 それに対して王がこう答えた。



「アテインよ、お前はアンジェリーナと戦って勝てる自信があるか?」



「い、今はとても歯が立ちませんが、いずれは!!」



「今歯が立たないと言ったな、その認識に対しては素直に褒めてやろう、しかし、いずれは、と言ったな? お前が取り巻きと好きかってしている間にも、アンジェリーナは冒険者や王族として普段から努力を惜しんでいない。そんな状態にも関わらずいずれは、とよく言えたものだな。」



「ぐっ、、、。」



 事実を突きつけられ、アテイン王子も言葉が出てこない。



「お前は知らないだろうが、アンジェリーナは『ドラゴンスレイヤー』の称号を得ておる。これがどういう意味かわかるな?」



「なっ、ド、ドラゴンスレイヤーの称号ですと? そ、そんな、まさか、、、。」



 アテイン王子だけでなく事情をしらない周りの者達も驚きを隠せていなかった。



「現時点でもこれだけの差が開いておる。普段の生活ぶりを考えたらいずれは、なんてとても言えたものではないだろう。」



「そ、そんな、まさか、アンジェリーナがそこまで、、、、。」



 ここまでの差が開いていると思わなかったアテイン王子に更に追い打ちをかけるように国王の話は泊まらなかった。



「一応言っておくが、余が行動自由のお墨付きを与えた、お前がたかが一冒険者といっていたアイスだがな、アンジェリーナはそのアイスに全く歯が立たないそうだ、そうだな、アンジェリーナよ?」



「ええ、お父様。わたくしもそうですが、セイラとルカとまとめてかかっても勝負にすらなりませんわ。」



「ということだ。ちなみに、セイラとルカも『ドラゴンスレイヤー』の称号持ちだ。この者達をもってしてもアイスにはかなわない、更に、タンバラの街からここまで護衛をしていたのは他ならぬアイスだ。近衛兵の護衛を断ってでも、彼に護衛を頼んだのだ。もちろん、近衛兵達は不満に思っただろうがな。もう1つ言っておくが、王宮のダンジョンで大量に持ち帰れたのもアイスのおかげだ。他にも王都の危機であったミノタウロスの襲撃でも大活躍をしておる。これはギルドから伝えられた情報だが、彼は従魔と共に100体以上のミノタウロスを倒しているそうだ。」



 100体以上のミノタウロスをアイス達だけで倒した事実を知った周りの者達は驚き、青ざめた。ホンダム公爵と一緒に参加した息子のドノバンは特に恐怖で顔が青を通り越して白くなっていた。アンジェリーナ達もその事実は知らなかったが、彼らなら当然だろうと特に驚きもしなかったと同時に報告すらしていないのは彼ららしいとさえ思っていた。恐らく牛肉を独り占めしたいがための行動だと理解していた。



「王宮のダンジョンのボスは5体のドラゴンだったそうだ。そのうち4体はアイスとその従魔達によってあっさりと倒されたらしいが本当か?」



「ええ、本当ですわ。アイスさんが2体、マーブルちゃんとジェミニちゃんが1体ずつ、わたくし達が1体といった感じですわ。その気になれば間違いなくアイスさん1人で余裕だったと思いますが、わたくし達を立ててくださったおかげですわ。」



「さて、アテインよ。たかが一冒険者と言ったが、これだけの危険度の高い魔物を余裕で倒せる冒険者がおるか? おったら余に教えて欲しいのだが。ホンダム公爵よ、そちもそういった冒険者の知り合いはおらんか?」



 アテイン王子もホンダム公爵も、自分たちのしでかしたことのまずさに、何も言うことはできなかった。



「王都を救い、魔石を多量に持ち帰ってくれて国の財政や運営に多大な貢献をしておきながら、褒美はいらんと言ったから、せめて行動の自由を与えて余の面目も保ってくれた冒険者を、余が認めた権利を敢えて無視して牢に入れたせいで、彼の者はこの国を出て行ってしまった。そち達が追い出したのだ。この件での我が国の損失は計り知れない。」



「そ、それでは追っ手を出して彼の者を捉えてこちらに連れてきましょう!!」



「アテインよ、お前はドラゴンを楽勝で倒せる冒険者に追っ手をと言ったか。誰に追っ手を出させるつもりだ?」



「もちろん、我が国の誇る精兵とギルドに頼んで高ランクの冒険者に依頼をします。あとは、彼の者と昵懇の仲であるアンジェリカ達に任せます。」



「アンジェリーナよ、そう言われて追っ手になるか?」



「お断り致しますわ。人にやらせていないで、アテイン兄上ご自身で向かわれてはどうですか? あと、追い出す切っ掛けとなったドノバン達も一緒に行かれては? ご自慢の身分の尊さでどうにかしてください。冒険者ギルドは恐らくその依頼は受けないでしょうね。兄上のふざけた依頼内容をそのまま伝えてアイスさんを怒らせてしまったのですから。元Sランク冒険者だったギルド長が恐怖のあまりその日は動けなかったそうですから、もちろんその殺気で私達も動けませんでしたわ。」



 アンジェリーナの発言に、ランバラル近衛兵長が話を付け加えた。



「アテイン王子、我が国の誇る精兵と仰いましたが、近衛兵は誰1人向かわせませんぞ。正直、私を含めて全員でかかっていっても、彼はおろか、彼の従魔にすら傷1つつけられないでしょうからね。まして捉えるなんて不可能です。」



「国軍も同じ意見ですな。国防上兵は動かせませんし、仮に全軍を動かしたとしても彼ら、いや、彼個人でもまるで歯が立ちませんから。」



 オルステッド軍団長も兵を出さないことをはっきりと伝えた。



「さて、この場に残ってもらった諸君達に言っておきたいのは、我が国に大いに貢献してくれた冒険者を自分たちの都合で牢に入れ、その結果追い出した。我が命を無視した上に、これから我が国にとって恵みとなる存在を他国に渡すという利敵行為をしたという事実だ。これは十分国家反逆罪に当たる。その元は王子アテインとそれを取り巻いている貴族達が原因だ。よって、王子アテインには王子の身分を剥奪し、平民とし、国外追放を命じる。ホンダム公爵に於いても同様だ。」



 謁見の間では大きなざわめきが起きていた。この内容に激高して国王を殺そうと動き出した者もいたが、ルカの防御魔法に阻まれた上、セイラの放った弓で腕と足を射貫かれ身動きが取れない状態で連行されていった。



「他にも、我が国に貢献するどころか損失でしかない者達もそれ相応の罰を与える。証拠は十分に揃っておるから楽しみにしているがいい。」



 この国王の発言で一同の顔は青ざめた。特に第2王子派だけが罪に問われると思って安心していた第1王子派にも罪が適用されるといわれたようなものだ。貴族が一気に減ると国が混乱するなどと言い訳を言っていた者もいたが、王家の財政収支について詳細に説明されそんな言い訳も使えなくなってしまった。しかも反抗しようにもドラゴンスレイヤーの称号を持った戦姫の3人が国王や宰相達を護衛しているのだ。



 こうしてタンヌ王国は王都に巣くった魔物の排除に成功し、王国の財政は健全に運用されるようになった。



 ちなみに、第1王子派も似たような状況だったらしく、第1王子も王子の位を剥奪され市民とされた。このことは王妃であるナターシャも承諾している。彼女も自分の家族よりも民の安寧を重要視していたためだ。さらに、アンジェリーナの方が王として相応しいと感じていたこともある。



 この出来事の後、タンヌ王国国王オーグ・デリカ・タンヌは後継者としてアンジェリーナ・デリカ・タンヌにすると布告した。アンジェリーナは国中で人気があったので、国民は諸手を挙げて賛成し、王の英断に喝采をあげた。ただ、当人は本当に嫌そうな顔で受けたそうだ。



 この後、タンヌ王国は国土は小さいものの、軍事的には最強の一角にまで上り詰めることになる、といいな。

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