第78話 ほう、やっと出られますね。

 テシテシ、テシテシ、ポンポン、今日は牢屋での朝起こしだ。幸いにもワイルドボアの毛皮があったのでそれを敷いて寝床にしたので、目覚め自体は悪くない。いつも通りマーブル達と挨拶を交わすが、ライムだけは人目があるので、人語ではなかった。うん、しっかりわかっているね。



 今朝は王宮内とはいえ牢獄なので、朝食の用意をする。といっても水は準備してもよろしくなさそうなものが出来上がりそうなので、ボア肉のステーキではなく、焼き肉で食べるような大きさに切ってもらってから焼いた。場所こそ悪かったが、味はそこそこよろしかった。スープなしというのは多少きついが致し方ない。



 朝食を食べ終わった頃に、牢番が食事を持ってきたが断った。何が入っているかわからないからね。断っても置いていったので、放っておいた。後で勝手に回収でもなんでもするだろう。ちなみに、偉そうに牢を蹴りつけて凍らせた牢番は相変わらずそのままの状態だった。顔には涙の後があったが、表情はほとんど無い状態だった。まあ、自業自得というか身の程を知らないというか、とにかくどうでもいい。このまま放っておくとしますか。



 マーブル達とモフモフしたりしていると、アンジェリカさん達がやってきた。



「アイスさんに、マーブルちゃん達、ご機嫌よう。」



「あ、アンジェリカさん、セイラさん、ルカさん、お早うございます。」



 いつも通りに戦姫の3人と挨拶を交わす。



「アイスさん、用意しておいた食事には手を着けてくださらないのですね。」



「はい、何が盛られているのかわかりませんしね。」



「これは料理人がアイスさんのために用意したものですから、召し上がって頂きたいのですが。」



「お気持ちはありがたいのですが、仮に料理人の方が作ったとしても、こちらに届く過程で何か盛られている可能性が高いので。」



「少しは私達を信用して欲しいのですけれど。」



「アンジェリカさん達は信用できると思いますが、それ以外の方達についてはその限りではありません。何せお墨付きを頂いていても平気で牢に放り込んでくる国ですからね。」



「そ、それをおっしゃいますと、返す言葉が見つかりませんわ。その件については誠に申し訳なく思いますわ。」



「まあ、アンジェリカさんが謝ることではないと思いますよ。ところで、私達をどうするのかが気になりますね。場合によっては力尽くでもここを去ろうと思いますので。何せこちらには落ち度はないと思っていますからね。」



「昨晩からお父様達が動いているみたいですわ。わたくし達は蚊帳の外に出されておりますので現在どうなっているのかわかりませんの。メイド達に聞いても『知らない。』と言うばかりで、、、。」



「そうですか。そういえば、昨日お渡ししたオーガジャーキーの味はいかがでしたか? 忌憚の無い意見を伺いたいのですが。」



「申し訳ありませんが、今はそれどころではないので、まだ手を着けておりませんの。落ち着いたらゆっくりと頂くつもりでしたので。」



「ありゃ、そうでしたか。まだであれば致し方ないですね。」



「ところで、ここで足を上げたまま放っておいてある牢番の方はどうされるおつもりですの?」



「ああ、これですか。死ぬまでその状態でいてもらうつもりです。」



 そう言った途端、凍ったままの牢番は顔を真っ赤にして叫ぶように訴えてきた。



「本当に申し訳ありませんでした! もう絶対にあなた様に舐めた態度はとりませんので、お願いですからこの状態を解いてください!! あれから食事はおろか水すらも飲めていないのです、どうか、お願いします!!!」



「水すら口にしていないのは見ればわかりますが、おたくは散々牢に入った方達に理由も無くそういったことをされてきているんですよね。ただ、今度は自分の番になっただけで。」



「そのようなことは致しておりません! 確かに囚人に舐められないように偉そうな態度を取ったことは認めます! しかし、金輪際このようなことは致しません!! お願いですからわたくしめを助けてください!」



 いい加減うざったくなってきたので、水術を解いてやると、その牢番は体勢を崩して後ろに倒れた。そして足が動くのがわかると今度はこちらに土下座してきた。



「ありがとうございます、ありがとうございます。今後絶対にあなたたちに舐めた態度を取ることは致しません!! いえ、他の囚人に対してもそういった態度は絶対に取りません!!」



 そう言って逃げるようにこの場を去って行った。



「さてと、五月蠅いのがいなくなりましたが、アンジェリカさん達は、いつまでもここにいていいのですか? 周りからあらぬ疑いをかけられる可能性もありますよ?」



「アイスさん達を牢にいれるような国、いくら自分の国とはいえゴメンですわ。わたくしはお父様にアイスさんがこの国を出るようなことがあったら、わたくし達もこの国を去ると宣言しておりますの。ですから、アイスさん達がこの国を去るのであれば、わたくし達もそれに着いていくまでです。ですからここに来たのですわ。」



「いやいや、それはまずいと思いますよ。私はともかく、あなたたちはこの国に必要な存在ですよ。いきなりこんなことを言うのも何ですが、恐らくアンジェリカさん以外にこの国を継げる方っていないと思いますよ。でないと、私が呼ばれたときに同席しているのがアンジェリカさんしかいないというのはおかしいと思います。少なくともいずれかの王子に継がせるつもりでしたら、必ず同席していると思うんですよ。でも、どの王子も同席していなかった、となると恐らく国王、王妃両殿下や宰相様、などの中枢の方達はアンジェリカさんを次期国王にするつもりだと私は思いますよ。」



「わ、わたくしがですか? わたくしはご存じの通り冒険者として普段は行動しておりますので、わたくしのことを狙っている貴族はおれども、わたくしを助けてくれる貴族なんて皆無ですのよ。」



「だからこそですよ。国の財政を傾けている要因となっている過剰な数の貴族とは誰も親しくしていない、というのは大きいと思います。そして、冒険者として一般市民の目線でものが見られる、というのも大事なことだと思います。恐らくその2点だけでも跡継ぎとしては十分ではないかと思います。ですので、私がこの国を去ろうとも、あなたたちは決してこの国を去ってはいけないのです。」



「では、アイスさん、これだけは約束してください。仮にわたくしがこの国を継いだ場合には、わたくしと敵対すること無く友好的な関係でもってここを訪れてくれることを。」



「アンジェリカさんが治める国でしたらもちろん約束させてもらいます。」



「わかりましたわ。アイスさんが仮にこの国を去ったとしても、わたくしは去らずにとどまります。」



「それでいいと思いますよ。これで安心してこの国を去ることができます。」



「わたくしとしては、この国にとどまって頂いて、わたくし達と一緒に冒険者として依頼をこなして欲しかったのですが。」



「それはそれで嬉しい話なのですが、少しやらないといけないことがありまして。」



 そんな遣り取りをして、どうにか無理矢理納得させてから、アンジェリカさん達は戻っていった。いくら何でもゴブリンの集落には案内できないですからねぇ。彼らが気のいいゴブリンだとしても、彼女たちの精神が追いつかないかも。まあ、それはそれとして、この後どうなるかだよな。とりあえず夕飯時までは大人しくしていますかね。しかし、暇だなぁ。いくらマーブル達が一緒とはいえ、こんな狭い中にずっといるのもかわいそうだし、何より私が嫌だ。



 これからどうしようかな、と思っていると、意外な来客があった。何と国王陛下自らこちらにやってきたのだ。国王陛下は王妃殿下こそ連れてきていなかったが、宰相様は当然として近衛兵長と軍団長、さらには魔術師長などタンヌ王国ではこれ以上無い顔ぶれであった。こちらを確認すると、国王陛下が話しかけてきた。



「アイスよ、こんなところに入れるような真似をして済まない。そなたを牢に入れたのはホンダム公爵の差し金だそうだ。ホンダム公爵は位こそ公爵と高いが領地のない王宮貴族である。アイスに対して自由を保障する旨を余はしっかりと伝えたのだが、それを敢えて無視してこういった行動を起こしたそうだ。こういう類いの貴族を押さえることの出来なかった事に対し、改めてお詫びする、アイスよ、本当に済まなかった。」



 国王陛下が一冒険者に対して頭を下げた。一緒に同行した中枢幹部達もそれに倣うように頭を下げた。これには流石に驚いた。



「国王陛下、並びに皆さん、顔をお上げください。一市民に対する行動ではありません。」



「いや、自由に行動できるお墨付きを与えておきながら、そなたを牢に入れてしまった失態に対して、余があずかり知らぬ事だったとはいえ、こうするしかないのだ。これを期に王都に巣くう害虫どもを駆逐する。これでようやく行動が取れるのだ。」



 国王陛下が気合のこもった声で語り出した。いや、そういった機密をここで話していいのだろうか。一緒に来ていた大幹部の方達も頷きながらも顔はやる気に満ちていた。頑張っていい国にしていってくださいね。



「おっと、済まん。お主をここから出さないとな。」



 近衛兵長のランバラルさんが牢の鍵を使って開けてくれた。



「アイスよ、本当に済まなかったな。本当はこの国、いや王都にとどまってもらいたいのだが、それは無理なのじゃな。仕方がない。それについてはあきらめるとするが、いつか、この国、いや、この王都に戻ってきて欲しい。」



「それについては絶対にとは申し上げることはできませんが、できるだけ、ということであればお約束できると思います。それですと、約束になるかどうかはわかりませんが。」



「ははっ、そうだな。」



 その後も少し話をした後、衛兵に案内されて王宮を出て、王都の城門へ向かった。久しぶりにジュセイさんがいた。



「おう、アイス、とんでもない目に遭ったね。ところで、もう出て行ってしまうのかな?」



「ええ、行きたいところもありますしね。」



「そうか、元気でな。」



「はい、ジュセイさんも。」



 ジュセイさんに挨拶して、王都を出た。行き先はゴブリンのムラである。周りに人がいないのを確認してムラの入り口付近に転移した。あ、戦姫の3人に挨拶するの忘れてた。まあ、今生の別れにはならないからいいか、、、ってフラグ立った?



 久しぶりにゴブリンのムラに到着したが、いつもなら元気に声をかけてくれていたのが、何か今日は様子が違っていた。ゴブリンのムラに何かあったのかと心配になったが、ムラが荒らされたという訳でも無く、かといって誰かが殺されたのかといったら、これも違っていた。たまたま近くにいたエーリッヒさんが出迎えてくれたが、その表情は硬かった。一体何があったのだろう。



「アイスさん、おかえり。元気そうで何よりだが、早速で申し訳ないが、アイスさんが戻ったらムラ長のところに案内するよう言われていたんだが、来てくれないか。」



「エーリッヒさん、一体どうしたんですか?」



「詳しくはムラ長が話してくれる。詳しい話はそっちでしよう。」



 何だろう。嫌な予感しかしないが、私が何かやらかした訳ではなさそうだ。不安ではあるが、話を聞かないことにはどうしようもない。



 ということで、案内されるまま長のカムドさんのところに向かった。

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