第2話 よく考えて押せ!

 朝八時。おしゃれで動きやすい制服に身を包んだ二人。


「おはようございます、あかね先輩」

「おはよう、風斗ふうと。まずは仕事内容の説明だ。お客さんが来たら名前を確認する、そしてデータと照らし合わせてフロアに案内する。簡単だ!」


 どうやらホテルのフロント係のような仕事らしい。ただお客さんは死んだばかりの人だ、気が滅入るなぁ。


「ほら、早速最初のお客さんだ」


 白く長い髭を蓄えたおじいさんだ。よし、初仕事。最初が肝心。


「おはようございます、千里せんりさんで間違いありませんか?」

「あぁ、名前は合っとる。だが、わしが死んだのは間違いだ」

「え、いや、あのー、病気で亡くなられたんですよね?」

「わしは実は占い師でな、わしの未来予知では死ぬのは来月のはずじゃ」


 わぁ、面倒くさい人が来たぞぉ! 説得しないといけないの!?


「いくら未来予知と言われましても、これが現実ですので。申し訳ございません」

「なにかの間違いじゃ! わしはもう帰るぞ、ばあちゃんが向こうで待っとる」


 おじいさんは帰ってしまった。これ仕事失敗ってこと? 怒られるかな?

 恐る恐るあかね先輩のほうを見ると、笑っていた。間違いなくニヤついていた、僕の視線に気づくまでは。


「先輩、助けてくださいよー! お客さん帰っちゃいましたよ?」

「大丈夫さ、ここから出られはしない。そのためのエノシュアターだ」

「じゃあおじいさんはここを彷徨い続けるってことですか?」

「いや、捕まる。そこのボタンを押してみな」


 データを映し出す液晶ディスプレイが置いてあるデスクに赤いボタンがあった、押した、サイレンが鳴った。


「なにが始まったんですか?」

「警備係が捕まえに行くだけだよ、罰としてCフロア、つまり地獄に連れて行かれる」


 あのおじいさん、地獄に送られるのか。僕がもっと上手く説得していれば。とんでもなく悪い事をした気がする。エノシュアターの闇を見た。ここで罪を犯せば即地獄行きだ。


「そんなに悲しい顔しなくても大丈夫、よくあることだ」


 これから僕は何人の人を地獄に送ってしまうのだろうか。


「じゃあ地獄がどんな所か見に行く?」

「そんな簡単に行けるんですか?」

「簡単じゃないけど、この私がついていれば大丈夫!」

「あ、はい、じゃあ土曜日に行きますか?」

「これも仕事の一環だ、今から行こう!」


 地獄か、もう死んだ身だが怖い。あかね先輩がいるなら安全だとは思うけど。今のうちに自分の舌の感触を堪能しておこう。


「他の人に仕事の代理頼んだから早く行こ! 地獄までは行くのも大変なんだよ」


 こうして、この世界での初めての旅行は地獄めぐりになった。温泉あるのかな……

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